日野原先生ご逝去

2017-7-19 14:35 : カテゴリ : 
社長の部屋
執筆 : 
selco
 105歳の聖路加病院名誉医院長、そして「新老人の会」の会長の日野原重明先生が昨朝亡くなられました。
 数年前にお会いした時のご様子からは、このまま110歳、120歳と歳を重ねられるのではないか?と思うほどお元気でしたが、最近は車椅子を使い入院されたりしているというお話もあり、ちょっと気にはかかっておりました。
 私はその「新老人の会」信州支部東信ブランチの代表として、3年前に先生を上田市の旧市民会館にお招きし、講演会を開催しました。
 1400人の超満員の講演で大盛況の裡に終わりましたが、終わった後、上田駅までお送りし、たまたま先生と駅のベンチで二人きりになる場面があり、私も間を待たせるために、「お疲れでしょう!?」と一般的な会話を持ちかけましたが、その時、先生は毅然として「疲れていない!」と仰って、私にスケジュール帳を見せてくれました。
 そのスケジュール帳には、殆ど毎日、あちらで講演、こちらで講演・・・とスケジュールがいっぱいでした。
 私はその時思いました。
「この方は、恐らくこのスケジュールによって生かされている部分があるのではないか?」と・・・。
 一般に歳を取ると、何もやることがなくなり、周りも「年寄りだから、そっとしとこう・・」と、考えるかと思うが、この先生を見ている限り、その様な考えは全く当てはまらない。
 自分の「命をとことん使いきってやる!」というような迫力がそこにあった。
 確か、上田講演の前後くらいで、新たにフィスブックを始められ、「新老人の会」のフェイスブックはかなり賑わっていた。
 我々のブランチでも、会員にスマホやタブレットの講習会を開いたりして教えた記憶がある。
 
 上田の講演の思い出をもう少し話すと・・・・
この講演の際、私はこの日野原先生のアトラクションで、何と例の「おやじバンド」をやってのけたのである。
はっきり言って、日野原先生はクラシック派であり、各地で行われる先生の講演のアトラクションは「合唱」というのが定番であり、私がおやじバンドをやると言い出したら、東京の本部からはかなりの抵抗があり、仲間内からも批判の声が上がったが、私はこれは「一世一代」のチャンスと思い、黒装束にサングラス、皮パンツスタイルで、「中小零細Q.C.D.」を歌いあげた。
最初は一応帽子もサングラスも取り、普通のオッサンの顔で登場し、「新老人の会」東信ブランチの代表であることを告げ、これがこうなるンです・・と言いながら帽子とサングラスをかけ「イェー!」とやったら、会場からはどっと来た。
そして、そのままロックを歌いまくった。
NHKテレビの生番組で歌ったことはあるが、1400名というこんなに大勢の人の前では、まず歌うことはない。これは日野原先生のお陰・・・というよりも殆ど強引に出張ったということである。
実を言うと、私は日野原先生の意に反したことをやるに当たり、「新老人の会破門!」を覚悟でこのイベントに臨んでいたが、結局、何のお咎めもなく、却って先生も大変喜んでいたという話も聞いた。
打ち上げの挨拶の際にも、こんなに楽しい講演会はなかった・・と言っておられたから、良くとらえれば、私の歌が受けたのかもしれない。(うぬぼれ?!)
 
 日野原先生は、常に命の大切さを説き、戦争の放棄を訴えていた。
 未だにアチコチでテロが起きたり、戦争の可能性あるため、それに備えるべきだとの動きがあるが、日野原先生が望まれたのは、間違いなく「永久平和」であったと思う。
 その昔でいえば「長老」のお言葉である。
 私達は、長老のお言葉に従い「永久平和」を目指した国家を築き上げて行く必要があるのである。
 長年にして多くの人々に大きな影響を与え、大きな精神的な遺産を残された日野原先生!
 どうか安らかにお眠りください!
                                            合掌!
「情報から支払いまで全てが集約され重要な役割を担う機器=スマホは品質確保のため日本で造るべきだ」・・・と私は常々訴えて来たが、富士通が造っているという話の他には、どこも手を出そうとしなかった。
 ところが先日、日経の一面に華為(ファーウェイ)が千葉に50億円かけてスマホの生産工場建設の記事が流れた。
 この会社は以前から横浜に研究所があり、当社にも以前アクセスがあった。
 主要部品の4割は日本の部品メーカー製と言われているスマホを日本で、日本の最先端ロボット技術と生産技術、品質管理を駆使して造る。そしてもしこの会社が日本の中小の部品を使ったら本物のメイド・イン・ジャパンとなるが、この辺は、富士通も華為も詳細は分からない。
 しかし、この華為の経営者が、そこまで日本製にこだわった時は、逆に恐ろしいことが起きてしまう。
 日本のメーカーが忘れてしまった本物のメイド・イン・ジャパンが中国の企業によって成し遂げられるということになるからだ。
 私はこれまで、日本のモノ造りに関してずっと叫び続けて来た。
「日本のモノ造りはピカイチである。」「日本人は縄文の昔から受け継がれてきた素晴らしいDNAがあり、これは絶対に他の国には追随できない。」
 その根源の一部をなすものが、我々中小零細企業(いわゆる”下請け“)が造る違わぬ寸法精度を常に守り続ける”部品“なのである。
 このすばらしい部品を欠いた日本メーカーのモノ造りは結局、衰退の一途を辿るしかなかった。
 プラスチック成型品にしても、プレス部品にしても、もちろんコイルにしても、バラつきのない部品を組み立ててこそ、間違いのない、壊れない製品が出来上がるということを、日本のメーカーはもう一度認識すべきである。
 中国のメーカーに先を越されないうちに・・・・。