インフルエンザ  23年ぶりのお医者

2018-1-29 4:52 : カテゴリ : 
社長の部屋
執筆 : 
selco


 23年間、「医者要らず、薬要らずの生活を自負していた私が、事もあろうにインフルエンザに罹り、5日間の外出禁止状態となってしまった。歳をとったぁら・・とは言いたくないが、間違いなく免疫が落ちている時に、危ない場所に行ったことがその原因かと思う」

 年末からずっと胃腸の調子が悪く、1月の中旬の大連出張も好きなビールも飲まずに通した。
帰国後もすっきりせず、食べるものも抑えながら生活していたが、意を決して胃カメラ検診に行くことにした。
これは前年度の人間ドッグで白内障と共に逆流性胃腸炎の精密検査の必要あり・・・と言われており、迫りくる今年の2月の人間ドッグ前には、一度精密検査を受けなければならなかった・・と云う事情もあった。
私はあの喉から入れる内視鏡検査が苦手である。
これまで何度か、内視鏡検査の後、喉から血が出たり声がかすれて3ケ月位、歌が歌えなかったり・・・という、「検査に依る副作用」の方が、自分にとっては問題となることがあったからだ。
今回は、近くの新しくできた病院が、喉からではなく、鼻から入れる内視鏡だということで、これに期待して検診を受けることにした。
そして当日、かなり待合室で待たされた後、鼻からの検査が行われた。
確かに喉の方は全然楽であった。
検診の結果、胃の方は多少ポリープぽいものが二箇所程あるもののまず問題なし・・・ということだったが、食道の方は、かなりただれた状態で、内視鏡を入れると周りから血が噴き出すような状態であった。
胃と食道の境にある噴門のヘルニア(ゆるみ)が原因で、胃酸が胃から食道に逆流して来るため、食道が焼けただれてしまう。
ここの不具合で、どうもいつもムカムカしていたらしい。
こちらは、処方の薬を飲むと不思議なくらい楽になった。こんなことであれば、もっと早くやっていれば良かったと思ったが、後の祭り。

 ・・・と云うことで、逆流性食道炎の方は、どうにかなったが、どうもその最悪の体調の時に病原菌の巣となる病院に行ったことによりインフルエンザにかかったようだ。
次の日は、東京ビックサイトで車関連の展示会があり、こちらに行ったが、一日中身体の調子が悪かった。
その夜は、会社の新年会があり、くじ引き席順で、若き女子従業員に囲まれ、調子に乗って、ちょっとアルコールが入った飲み物を飲んだら、最初はぽかぽかしてきて気持ちが良かったが、その内にヒ汗が出てきて、具合が悪くなってしまった。
その日は途中退席した。
翌日、休んでいればよかったのに、九州の友人が東京に来るということで、付き合って一日過ごしたが、これも大分きつかった。
翌日である。
寝床で身体のアチコチが痛くカッタルくなって起きることができない。
私はここのところ2年あまり、風邪をひいて寝込んだり休んだりしたことがない。
またこの23年間、眼とか耳とか歯のお医者、そして人間ドッグを除くと、具合が悪くなって医者に行ったことがなかった。
風邪をひいたこともあったが、家で寝ていれば一日、二日で治っていた。
その私が、今回はどうでもお医者に行かなければならない理由があった。
その二日後に伊那の方で講演に呼ばれており、講演するに当たって、甲子がインフルエンザというわけにはいかなかったためです。
日曜日だったため、小諸の当番医に行くことにした。
11時まで寝ていて、11時30分の午前中の締め切り前に、どうにか車を運転して行った。
待っている間もつらかったが、意外と早く順番が来た。
熱は37.2度と大した熱ではなかったので、これは取り腰苦労か?と思ったが、
先生が細長い綿棒で鼻の穴から細菌を採取し、その結果がすぐに出た。

「インフルエンザB型」
見事、嫌な感が当たった。
三日前の内視鏡検査のための病院で罹り、2日間の潜伏期間を経て、発症したものとのも割れる。
それからが大変だった。
翌週は、その講演も含み、スケジュールがいっぱい詰まっていた。
お断り、できるものは断り、他の人に代われるお客は代わってもらい、5日間の外出禁止期間をギリギリ過ぎたアポは厳重マスクで対応した。

今年のインフルエンザは全国で250万人とのことで、A型の方がB型より多いとのこと。ただB型は余り熱が上がらないため、そのまま気付かずに人に感染してしまうことが多いとのことであるが、私の経験からは、かなり身体がかったるくなるため、そんなに外をぶらぶらできないか?と思う。

 私の病状は?というと、お医者から出た3種類の薬、抗生物質=タミフル、咳止め、熱さましの薬を、最初は真面目に飲んでいたが、熱は次の日の朝には下がったため、ストップ、後の2種類は最後まで飲んだ。
タミフルは大変良く効いた。この種の薬は23年間、全く飲んだことがないため、薬が面白いように効いたのであろう。
インフルが判明した日のお昼と夜の二回飲んだところ起きていられるレベルまで回復していた。
結局、翌日から自宅待機というよりも自宅勤務状態となった。
みんなが出勤前に会社へ行き、必要な資料を全て持って帰り、10点の見積もり案件を追うことになる。
この3月の年度末にかけて景気が良い現在は、試作依頼が目白押しである。
当社の場合は、またEV化に伴うモーターの効率化のためのコイルの占積率アップ合戦の影響で賑わっている。

今の時代は、PCさえあれば、どこに居たって仕事はできる。
電話もできるし、ネットで殆どのことはできてしまう。
不便なのは、会社の共有ファイルが使えないのと、プリンターが使えなかったこと、それと実際に会って打ち合わせができないこと位だった。
 

新年おめでとうございます!

2018-1-1 14:13 : カテゴリ : 
社長の部屋
執筆 : 
selco

 皆さん新年おめでとうございます!

2018年平成30年となりました。
皆様にとりまして、この年が希望にあふれ、幸せをいっぱい満喫できる年となることをお祈り申し上げます!
 
今年は私の干支=戌年です。
生まれてから、72年目の年を迎えます。
世間的には結構いい歳ではありますが、私は未だ現役社長、未だ未だ「夢」を追いかけ、「この会社を、こうしたい、ああしたい」、「業績を上げ、盤石な会社にするには?」と日夜、考え続ける毎日です。
 62歳から始めた、おやじロックバンドから10年、未だに歌も歌うし、ジャズダンスのレッスンも受け、年末の忘年会には歌って踊ってと動き回る。
 私はたまたま経営者になってしまったが、本当のこと、私は演出家が向いていたのではないか?と思っている。
 私は、結いの里の忘年会を例にとっても、集められる限りの人達の才能を活かして、いかに観ている人達を楽しませるか?を考えると、ゾクゾクワクワクして来る。
 従来からの素材、そして新しい素材、また素材と素材のコラボ・・・と考えると、様々な可能性が出て来る。
 この忘年会には、17年の年月の間の蓄積と、年々新しい人達の出逢いがあり、その年、その年でできることを考えて演出する。そこに自分のできることを加えたのが、結いの里の忘年会を形作っている。
 昨年は、観客に年寄りが増えてきたことも考えて、液晶の大画面を用いて、画像と音で表現しようとして、ちょっとずっこけたりしたが、観ている人は、やはり画面があった方が分かり易いと思う。
 来年は、ドームでやるコンサートのように演奏者のアップ映像も映し出しながらやろうということになっている。
 演出家としては、色んな出演者がスキルアップしたり、増えれば増えるほど、演出の幅が広がり、どんどん面白くすることができる。
 毎年、「こうしたら?」、「ああしたら?」と考えていれば、きりが無くなるのだ。
 
 私の経営も、どちらかというと、才能のある社員を適材適所に使い、その才能を伸ばすことが得意だ。
 私は音楽でも、技術でも「才能」が好きというか、自分にない才能を持っている人が何と言っても好きなのである。
 だから、勢い、その才能が発揮され易く、才能ある人は、評価されるから、会社になじみやすいし、結いの里の忘年会にも毎年参加したくなる。
 それに対し、私は人を育てることは苦手だ。
 育つまで待っていられない・・・と云った方が、当たっているかもしれない。
 しかし、会社と云うところでは、「成長」が最も大事な要素であり、できれば新卒のプロパーの人達が、会社の理念を理解し、その会社の「文化」というか「雰囲気」を作り上げて行けば、ほぼ理想の会社になって行くか?と思うが、我々のような小さな会社は、なかなか新卒の学生など入らないし、入っても育て上げられない。
  私は、業績が上がった過去二年で、4回に亘り社内研修を行い、社員全員二日ないし三日の時間と、そう安くはない授業料を払って研修したが、これで、社員が育ったり、会社の雰囲気が良くなったか?というと、一部に多少の効果はあったものの、そう目に見えて改善することは無かった。
 また、研修を受けた社員と、その他のパートの人、派遣、アルバイトの人達との溝ができてしまう結果にもなった。
私は皮肉にも、従業員を育てたり、まとめたりするのは、研修の先生にお願いすることではなく、自分達でやらなければならないということを、逆にこの研修で学んだ。  
 そこで、私は、私が平社員でセルコに入って、町工場だったこの会社の改革をした時の手法を思い出し、従業員の団体=SC委員会構想を提案し、この委員会が発足した。
 そして、従業員が困っていること、不平に思っていること等を、会社と月一回話し合い、諸問題を解決して行く。会社側も、従業員に言いたいこと等を、命令ではなく、この委員会の話し合いの中で要請して行く。
 また、以前もやっていた、色んな行事をSCで考えるようにしたら、先月早速、運動会&忘年会と称して、一日会社を休みにして、体育館でドッジボールの大会を開き、ちょっとした宴会をした。
 従業員からははやくも「新年会」の声が上がっている。
 このSC委員会は、社内のコミュニケーション改善を促進する原動力になりそうだ。
 
 会社の業績は、世の中の経済の動き、会社の受注の問題等で、上向いたり、急降下したりと色々であるが、社内の雰囲気は業績の良し悪しに拘らず、良好であることが望ましい。
「良い時はみんなで喜びを分かち合い、悪い時はみんなで支え合うような会社」
理想の会社を目指して今年もセルコは発進する!!