腰痛と合唱録音とスクート航空

2018-7-1 9:40 : カテゴリ : 
社長の部屋
執筆 : 
selco
プロローグ

先般の地震の時に大阪行きで合計11時間、ほぼ座りっ放しで、次の日は三重の得意先まで行って帰り、それから4日後、突然7,8年ぶりにギックリ腰になった。

 久しぶりのギックリ腰、それもかなりの激痛に、一時「これはもうずっと立てなくなるのではないか?との恐怖感が頭をよぎった。

 私は25,6歳の頃に高校時代迄やっていた卓球を会社の先輩(六大学リーグに出ていた人)のスマッシュを取ろうとしてグギッとやってから、ずっと腰痛に悩んでいた。

 そして50を過ぎると、年に2度位はちょっと腰をひねったリ、重いモノを持とうとした拍子にギックリ腰をやり、1〜2日間は全く立てない状態を経験していた。

 しかし当社で販売しているセルパップコイルに出会い、セルパップコイルを腰に当てながら生活するようになってからは、腰痛はあってもギックリ腰で動けなくなるようなことは一度もなかった。

 それが突然、この状態である。

 これは先般の大阪行き新幹線閉じ込められ事件の後遺症・・とずっと思っていたが、よくよく考えたら、それもあったかもしれないが、直接の原因は息子が買ってきた、床に這いつくばりながら取手のついたローラーを転がすジム用のトレーニンググッズを年がいもなく毎日30回も頑張ってしまったせいであった。

 最近腹回りが気になる私は、腹筋に効くこのマシーンでどうにか早く効果を出したかったが、同時に肩から背中、腰へはそれ以上に負担がかかっており、今までに無いようなギックリ腰になってしまったようだ。

 年寄りの冷や水・・・と云うことだ。

 

「My heart of YUI」(結いの心)=私が作詞した楽曲の録音)

 ギックリ腰の場合は、とにかくそのままじっとしているしか方法が無い。じたばたしても簡単には復帰できない。

 しかしこの日は小諸から約1時間のラクビ―の合宿とかで有名な菅平スキー場のホテルにあるスタジオで私が作詞した曲を半年も前にお願いしていた合唱団に歌ってもらい録音する大事な日であった。

 無駄な抵抗ではあるが、腰を伸ばしたり、セルパップを何枚も貼ったリ重ねたりして、どうにか運転をして菅平まで行った。

 合唱団の指揮者の森さんは熱心で、私と録音技師(PAと呼ぶ)の岡本さんと共に菅平のマッキンレーというホテルのスタジオに着くと、既に会場に到着していた。

 前の週に下見をしてあったため、どのような装置でどう録音するか?は岡本さんが決めていたため、準備はスムースに進み、予定の1時半には15名の合唱の人達も集まって来て録音が始まった。

 全く素人の私が書いた曲がちゃんと編曲され、楽譜化され、大勢の人達に歌われると何かこの曲は自分を離れこの歌っている人達のモノに思え、何ケ所か「ちょっと違うなぁ」と思った箇所があったが指摘せずにいたが、後から駆けつけた作曲者の神原恵里子さんがきちっと指摘し、違和感のある部分は訂正され、無事に録音が終わった。

 これはまた次のブログでゆっくり聴いて戴きたいが、詞をここに載せておく。

 

 ― 結いの里テーマソング −

「結いのこころ」(My heart of YUI )

    作詞:小林延行 作曲:神原恵里子      

                                 

人と人とが めぐり合って何かを 

互いに感じ合って 近づいて行く

 

明日の夢を 語り合って心を 

互いに見つめ合って 繋がって行く

生きてる意味を 探し求めて

迷う心で 探し続けて

巡りあった 「結いのこころ」

固い絆で 結ばれてく

My heart of YUI

 

 (間奏)

 

人と人とが 譲りあって何かを

互いに与え合って 近づいて行く 

 

一人一人を 認め合って心を

互いに通わせ合って 繋がって行く 

 

信じる意味を 探し求めて

悩みながら 探し続けて

巡りあった 「結いのこころ」

強い絆で 結ばれてく

My heart of YUI

 

My heart of YUI

 

My heart of YUI

 

 とにかく、素晴らしい出来で、フェイスブックをやっている神原さんから3日で420人の人達が聴いた・・・と興奮気味にラインが来る。結局、彼女と相談し、CDを作ることにした。

 私の曲は私が62歳の時のセルパップブラザーズの小泉さんに始まり、井上隆さんという殆どプロの作曲家、そして神原さん、その他2名、計5名の作曲者に曲を付けてもらい合計17曲になるが、今回は長年の懸案だった合唱曲「My Heart of YUI」(結いの心)の録音がようやく叶ったのであった。

 

タイ行き 

 素晴らしい録音に気を取られているうちは良かったが、おちつくと腰が痛い。

 日曜日は一日家でおとなしくしていたが、翌々日=火曜日の夜中水曜午前3時に中央タクシーという乗り合いのタクシーが迎えに来て成田迄約4時間、それからタイまで約6時間、座ったままで行かなければならない。

 さすがにじっとはしておられず、特殊な治療をしてくれる当社の治具を作る会社の元社長に無理やり頼み、夕方治療をしてもらい、それまでよりは大分良くなったが、未だ未だ完璧とはいかない。

 

セルコの朝礼

 月曜日は会社の朝礼があり、私が元気よく気合いを入れる日である。

 よっぽどギックリ腰で・・・と従業員に打ち明けようか?と思ったが、結局は黙りとおした。

 当社の朝礼はちょっと面白い、経営理念をみんなで唱和し、私がお得意の教訓を述べた後体操し、みんなで事務所を囲んで輪になって、連絡事項が終わった後、私のセルパップ時代、世の中を風靡した(?)オリジナルロック曲=NHKに三回,民放にニ回、内一回は「おはよう日本」にテレビ出演した曲・・・「中小零細Q.C.D.」を大音量で流し、一人一人と握手をして回るというパフォーマンスがあり、これが終わった後、毎日順番に一人一人が自分の言葉=「暑さに負けずに頑張ろう!」とか、「目標達成するぞー!おぉー!」とか・・・をみんなで気合いを入れてから仕事が始まる。

これも腰の痛さをおくびにも出さず、やってのけた。

 しかし、しばらく座っていて立とうとするとメチャ痛い。

 だから、無理やりちょこちょこ席を立ちながら仕事をし続けた。

 2日間、そんなことをしながら会社に居たが、いよいよ出発の夜がやって来た。

 早めに寝て夜中の2時に起きようと思ったが、腰の痛さが気になり、なかなか寝付かれず、どの位寝たか?結局1時頃眼がさめてしまった。

 前の日の100円ショップで300円の首に巻くクッションを買い、これを腰に当てながら午前3時前、タクシーに乗り込む。

 今回は品保の祢津課長も一緒に行った。

 

スクート航空

 このタイ行きの飛行機の話は腰が痛くなるずっと前に遡る。

 仕事仲間のある会社の常務から、タイに行くにはとても安くていい飛行機がある・・・と聞いた。

 それはスクート航空といってシンガポール航空の格安航空会社で、通常7万円以上するチケットが3万円位で買えるとのこと。

  最近はできるだけ炭素繊維使用でエコノミーでも座席の間がちょっと広い787型を使っているJALに載るようにしていた私は、このスクート航空も787型機と聴いて、飛び付いた。

 34,000円とウソのような価格だ。

 後から行くことに決まった祢津課長にも同じ便を使うようにした。

 ・・・と云う伏線があって、これからの話を聴いてもらいたい。

 タクシーの中では、一番前の席に座り、足を放り出し、腰をできるだけ伸ばすようにしたり、手すりにつかまって腰を伸ばしたり、ストレッチしながら座っていた。

 タクシーは時間に余裕があったらしく、途中3回もトイレタイムを取ってくれたのは腰痛持ちには嬉しかった。

 結局、タクシーは10時のフライトに対し3時間前の7時に空港に着き、時間をやり過ごしていた。

 祢津課長が、飛行機のアップグレードでビジネスクラスはプラス6000円だというので、搭乗手続きの時に聴いてみたら、倍以上の14,000円だという。

 ここで渋るのも社長として恰好悪いし、何しろ腰痛の件があるため、太っ腹で二人共、アップグレードのビジネスクラスになった。

 私は一度だけ、エコノミーチケットでサービスアップグレードしてシンガポール航空の飛行機に乗ったことがあるが、その時のCAがとても綺麗で、チラチラ見ていると目があってしまい、「何か御用ですか?」と英語で聴かれ、調子に乗って「ワインプリーズ!」を連発し、飲めもしないワインをたらふく飲んだ経験があるが、その別世界を夢見て二人で85番ゲートに向かった。

 時間が迫って来ていつもうらやましい気持ちで眺めている「優先搭乗」で早速とビジネスクラスに乗り込もうとしたら、場内アナウンスが言う「本日は成田空港強風のため、飛行機が降りられず、遅れていたこの便は名古屋空港に着陸することになりました」とのこと。

 大体飛行機と云うものは、出発搭乗時間までにはゲートに入っており点検整備をしてからお客を迎え入れるものだが、今これから名古屋空港に着陸するというから初めから何かがおかしい。

 そういえば、タクシーの中で祢津課長が変なことを言っていた。

「僕は雨男で、いつも出かける時は暴風雨だったり強風だったりしますので、よろしくお願いします」

そうは言っていたが、まさか今日は良く晴れているし、そんな心配は一切せずに来たが、その嫌な言葉が現実になって来た。

 出発時間の10時に名古屋空港に着陸、それから風が収まって名古屋を飛び立っても2時間はかかり、それから整備点検で3時間・・・・・一体いつ飛び立つのか?分からなくなって来た。

 その内に85番ゲートがお客の名前を呼び出し、我々も呼ばれた。

 まずビジネスクラスの人達から他の飛行機に乗り換えをしますとのこと。

 この時は、ビジネスクラスにアップグレードしたことを二人で喜んだ。

 カウンターの前で、エコノミーのお客らしい人が、怒鳴り出した。「何をやってるんだよー!まだこの時間に飛行機は名古屋を飛び立っていないと言ってるじゃないか!いつになったら乗れるんだよー!」

 これは尤もだ。

 この調子でこの所定の飛行機を待っていたら今日中に飛びたてるか?どうか分からない。

 あちらの方でも外国の女性が何やら同じようなクレームで大声を出している。

 係員も総出でお客に当たっているが、烏合の衆よろしく実際に動いているのはほんの2,3人だ。観ていてモタモタモタモタで、これではお客にガミガミ言われても仕方ない。

 

 どうにか今日中には着きたい我々はたまたまのアップグレードに助けられ、83番ゲートの同じスクート航空の飛行機に乗り込むことになった。

 ビジネスクラス・・・である。

 颯爽と乗り込んだ・・・・が、そうあんまりビジネス・・・と言う感じがしないシートだ。

 テレビ画面も付いていない。

 それでもまあ、ビジネスクラスだ。

 乗り込んでからがまた大変だ。

 強風のため、飛行機離陸のための順番待ち・・・と云うことでこれから1時間はかかります・・・とのこと。

 10時出発のはずが、3時間を要して、ようやく便を変えて乗り込んだ・・がまたここでも「待ちぼうけ」

 1時時間が過ぎようとした頃に、また場内アナウンスで、更に一時間・・と来た。

 結局、格安航空便は空港利用料も値切っているだろうから、何か問題があった場合は、一番後回しにされるということだろう・・・と理解した。

 

 ここで私は、何かどこかで同じようなことがあった!事を思い出した。

 先週の大阪行きの新幹線だ。

 あの時も、出発しそうで出発しない、ずるずるずるずるやっていて、丸一日を無駄にした。

 どうも今日も、その時と同じようなパターンが漂ってきた。

 

 普段は有料の昼飯と飲み物一品がサービスで出て来た。

 後は有料だ・・・とのこと。

 ケチケチしている割にはグングン冷えて来て、寒くなったので、ブランケットを要求すると、何とこれも有料・・・とのこと。それも$22=2400円、持って帰れてかわいい絵が付いているとのことだが、それはあんまり買おうと思うインパクトにはならない。

 なるほど、チケットは安いが、機内を寒してブランケット販売で稼ごうという企業戦略を垣間見た私は、その戦略には引っかかることなく、頭上のバッグを降ろし搭乗前に買ったタイで着ようと思っていたTシャツを引っ張りだし、ひざ掛けの代わりとした。

 食事が運ばれて来たが、トレーがなんとなく斜めに傾いている。

 これはひじ掛けから引っ張り出す方式の簡易トレーが、よたって傾いているのだ。

 ただ置くと滑り落ちそうなコーヒーを握りしめながらの片手での昼食もスリルを味わえる。

 その後、テレビも無い、本も読みつくしてやることもなく、かれこれ4時になる。バッグのコンピュータを引っ張りだし、このブログを書き始めたが、何せこの簡易トレーの傾きが気になる。

 通りかかったCAのお姉さんに空いている前の席に移って良いか?尋ねると、お姉さんは慣れたもんで、その席の簡易トレーを引っ張り出し、「ハイ、こちらも傾いています!」・・・・とのことだが、隣はかなり幅の大きい人が座っていたため、両隣に誰も座ってないそちらの席に移ることにした。

 結局はそのトレーをばたんと開かずに、開く前のままにしてコンピュータを置くと、結構安定感があり、問題なく文字が打てた。

 どんな困難に出会おうとも、常にベストを尽くす精神の私は、今回も見事様々な困難を克服したのであった。

 結局、10時発のフライトが、4時30分、この飛行機はようやく飛び立ってタイのドングァン空港(以前の国際空港で、今は通常はスワナンプール空港だがこれもやはり空港利用税が安いのだろう)に無事に離陸した。

 結局、タイ時間で午後3時着が9時(日本時間で11時)着、タクシーに乗ってホテルに向かった。

 

 タイでは現在当社のメインのお客様対応で、2日間に亘り色々と協議し、それなりの成果を得た。

 その中で今回の仕事の設計者の人が来ており、当社採用の際の話を聴くことができた。

 その一番の基になったのが、私の書いたブログだという。

 私のブログは、殆どは前回、今回のように私の失敗談とか音楽、新老人の会等の行事が多いが、要所要所に当社の高密度コイルのことを書いている。

 恐らくこの方は、この高密度コイルに関する私の考え方を6〜7年前に読んだものと思われる。

 そして当社に白羽の矢を当てた。

 しかし、社会インフラとなるこの仕事、技術だけはあるが、他のものは何もない当社を採用するということにはかなりの難があり、社内ではかなりの批判、軋轢があったようだ。

 その頃の当社は、とにかく売り上げは限りなくゼロからただただ技術力を頼りに生き延びて来た当社は、体制面、経営面・・・特に借入金とか不良債権とかの問題があり、普通の大手では敬遠するような内容であった。実際、試作をやる段になり、財務チェックで「お宅とはお付き合いで来ません」と断れたメーカーもあった。

四面楚歌の中でも、この技術者の方は、自分達の設計を完遂させるためにはセルコしかない・・・と云う思いで頑張ったようだ。

 私は私で、こんな大きな話が当社にすんなり来るわけがない!技術を盗まれるだけで終わるのではないか?と危惧していたが、そのままスムースに大きな仕事に繋がっていたため、何らかの神風が吹いたのだと不思議に思っていたが、このことを聴いて腑に落ちた。

 

 果たしてこの仕事は、想像以上に規格が厳しくコイルのインダクタンスを±1以内というトンデモナイ規格が示された。抵抗、インダクタンスは通常±5%、いくら頑張っても±3%が限度、±1%と云うのはまず当社を含め、全てのコイル生産者はNOというレベルだった。

 私は勿論そんなバカげた規格は無理なため、営業担当者に断るように言った。

 もし試作でチャンピオンコイルを出して通過しても、量産で不良の山になった場合は、どうしようもないからだ。

 但し一つだけ、私にはアイデアがあり、どうでもならそれをやってみるように言ったが、それはもっと大きなコイルだったら出来るが、これは細くて小さいなコイルのため、無理だという。

 しかし最終的には、結局、その方法をトライしてみることになった。

 ボビン金型に関係しているため、金型を作りトライした。

 大分苦労したようであるが、どうにかインダクタンス±1%をクリアーした。

 また、コイルとの組み合わせになるフェライトコアの規格も同じように厳しかった。

 最初、台湾企業、中国生産のこの企業の日本人技術者からは、これは何かの間違いではないか?と言う。フェライトコアにこれだけの規格の要求はありえないとのこと。

 こちらも断られる寸前まで行ったが、タイの会長(兄)と私で先方迄出かけて行き、どうにか説得し、やってもらうことになった。

 結局、このお客さんの技術の方の選択は正しかった。

 ±1%のインダクタンスは±0・5%迄抑え込み、コアの方も度々中国の生産拠点を訪れ頑張ってもらい、試作を国内で3〜4年しながら問題解決をした後、タイのTIT社に持ち込んだ。

量産立上げは普通何らかの大きな問題が出るはずが、殆どこれといった問題もなく生産を上げ、一時は土日返上、24時間体制で通常の2倍近い生産を上げ、お客様の数量対応をし、その後のコストダウン要求にも答え続けて来た。

 これをもし他社で立ち上げようとした場合は、技術の問題から生産体制の問題等、かなり難しかったことと思われる。

 

フライト1日、滞在2日したその日の夜中便で帰ることになっていたが、また何らかのトラブルが気になる。

 腰の方も一進一退で、今回はいつも何回も行くマッサージも行っている時間もないため、一寸座っていると痛みが出る・・・と云う状態を繰り返していた。

 

 ドングァン空港もそんなにみすぼらしくはない。

 大連空港に比べれば立派なもんだ。

 チケットカウンターで早速、アップグレード交渉をしたら、どうにか取れた。

 さしたるトラブルもなく、帰りの便はリクライニングもかなりいい具合に効き、一寸一杯ビールを飲んで、アイマスクをして離陸したのもわからず寝込み、帰宅の途に就いた。

 このスクート航空便、結局34,000円+行きのアップグレードプラス14,000円、帰りのアップグレード+16,000円、合計64,000円也で通常のチケットとあまり変わらなくなったが、結果オーライ、それと最大の課題であった腰痛も緩和したような気がするので、まぁ!いっか!?