TECHNO-FRONTIER 2019シンポジウム

2019-4-20 12:31 : カテゴリ : 
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selco

 昨年10月末に、突然日本能率協会よりメールが入り、2019419日に幕張メッセで行われるTECHNO-FRONTIER2019のモーター技術シンポジウムの発表をして戴きたいとのこと。  

 展示会で良く開かれているシンポジウムは聴講料が3万〜4万円もし、内容はかなり技術的に先進にして高度で専門的な内容であり、我々中小の製造業にはあまり縁のなさそうな内容なため、一度も参加したこともなかったが、今回はいきなりそのようなシンポジウムの発表者をやってほしいとの依頼である。

 どんな内容か?と思って覗いてみると、モーター技術・・・とあって、日本の錚々たるメーカーの技術者が委員に連なっている。        

 私は早速、とてもセルコのような弱小製造業が発表するような場でないと思い、お断りのメールを入れた。 

 しかし、コーディネーターのデンソーのK氏より直接電話がかかってきて、再度依頼された。

「難しい質問をされても答えられませんよ」と念を押して引き受けることにした。

  これまで私も色んなことをやって来た。

 大分昔の話だがベーシック言語のパソコンの講師、結婚式の司会、親父バンドでライブ活動、最大は日野原先生の102歳の時の講演時にあやかって1400人の前でのトーク&ロックを披露、テレビでNHKの「おはよう日本」を含む3回立て続けの出演、民放へも1回、そしてセルコの技術紹介の番組で23回、ハイライトはNHKスペシャル。

 また「立ち上がれ中小零細企業」の本の出版で、日本の各地から声がかかり、出版から2年間位は月一平均でその本の内容について講演、これも最大700名位のところで講演、最近では「もづくりNAGANO2018」のグランプリ受賞で、久しぶりにテレビ出演・・・・。

 まだあった。

 FM佐久平というFM局に15分番組を毎週金曜日に持っており、毎週そこでトーク&ミュージックのディスクジョッキーのようなことをやっている。

 私は考えてみるとただの中小企業の社長ではなく、半分タレントがかった変な社長であった。

 その私が、「技術者の技術者のための技術発表会」をするということで、これまでとは違った緊張感が生じた。 

 これまでの私の講演では、パワーポイントとかは使わずに殆ど言葉だけで1時間半から2時間、聴講者に伝えてきた。

 最近は映像による説明が多く、確かに分かり易いが、同時に薄暗くなり眠くもなる。

 私の話の時も時々居眠りを始める人もいるが、そんな時は、自然に声が大きくなる。

 私の声は、結構通りが良く、マイクを通すと更に良く通る声のため、司会などにはうってつけの声質である。

 しかし、今回は技術シンポジウムであり、これは何が何でも映像で説明・・・という形式は外せない。

 当社にはUさんという優秀な女性の取締役経理部長が居り、画像とデザインには強く、これまでの画像に関する、会社のパンフレットや、会社案内のパワーポイントは全て彼女にお願いしてきた。 

 しかし、今回は満を持してその手のプロにお願いすることにした。

 東京の営業顧問の紹介で慶應大学関係で、元日航の広告を扱っていたSさんにお願いすることになった。

 航空会社とコイル巻線の弱小製造業では、それこそ天と地…それも地の中の砂ほどの違いがあり、そこに東京と佐久との距離の違いも加わり、結構大変であった。

 まず私が考えたのは、当社の技術をどう表現して伝えるか?と言うところであったが、技術の詳細に亙る説明は映像の大きさ、バランス等を中心に考えるSさんにすると余り好ましくない。

 送った写真等が重すぎてうまく届いてないところで議論をしたりして、お互い大分焼きもきする場面もあったが、どうにかお互いの接点を見出し、最終盤迄こぎつけた。

 今回は、なんといっても当社の「圧縮・成型技術」を世に知らしめるための絶好の機会であった。

 私の最大の仕事としては、いかにこの開発をしている技術者から有力情報を引き出すか?がポイントである。

 技術者は、お客様との機密保持の問題もあり、また自分の持っている技術についての明確なアピールとかはまずしないため、なかなか持っている技術のきちっとした説明が出てこない。

 誇張することはないが、持っている技術をいかに多くの人にその技術の安全性とか有効性をPRするか?によって新しい技術が埋没してしまうか?それともブレイクするか?の分岐点になることも十分にありうる。

 特に今回のコイルの圧縮・成型技術は本来タブーとされている変形巻きにしたコイルを潰しながら成型してしまうといういかにも危険そうな技術を、車のモーターに採用を・・・と訴えるのであるから猶更、きちっとした説得力のあるデータや写真が必要となる。

 今回は、めったにないチャンスであるから、できる限りの出せる情報を出すよう説得し、ほぼどうにかなる技術データや写真が揃った。

 この時、今までこれらのデータや写真があれば、かなりのお客様を説得できたのにな・・・と思ったが、過去は過去、今は前を向いて進むしかない。

 

 Sさんの背景を黒とか青にし、文字を白にしたデザイン性の高さと、今回私が腐心した高密度圧縮成型コイルの技術説明を中心としたパワーポイントが出来上がった。

 今回のパワーポイントは、こうして優れたデザイナーと当社のコア技術を紹介する写真や図やデータとのマッチングが、大変見た目にもインパクトがあり、分かり易く説得力のあるものになった。

 これをまた私のような経験豊富な(?)スピーカーが発表したため、それなりの反響があったのだと思う。

 しかし、今回は今までと違い、72歳という私の年齢からくる体力との戦いでもあった。

最近は自慢の喉も時折老人性の嗄れ声になってしまうこともあり、喉の調子にはかなり気を使った。

今回は、前の晩からセルパップを声帯付近に6ヶ貼り付け、プロポリス喉飴をなめながら臨んだせいか?心配された嗄れ声にはならなかった。

ただ、パワーポイントの調子が今一で、リハーサルした時にはいつも出てきた発表者用の解説文が、カーソルを当てても下に降りず、結局、書いてある文字をきちっと追うことができなかった。

私の場合は、ちょっとしたメモさえあれば、いくらでもしゃべれるため、本来はこの文字は必要ないのであるが、今回は40分という限られた時間内に終わらせなければならないということで、あらかじめ、必要な事項を吟味しながら、パワーポイントに書き込んで置き、できるだけ、それを読み、逆に余計なことを言わないようにする必要があったのだった。

書いてある文字を読むと言っても、私の場合は、ただの棒読みにはならない。

これはFMラジオのディスクジョッキーの時の技術で、書いてある文字を読みながらも普通に話すようにしゃべれるのである。 

・・・・と言うことで、若干カーソルで文字が移動しなかった部分は適当に言葉をつないだことから、言うべきことを言わなかったり、言うはずではないことを言ってしまったりということがあったが、無事終わると、結構の反応があった。 

質問がたくさん来た。

1/3位は技術者の方へ回答依頼したものが間に合わなくて、回答できなかったが、それなりの当を得た質問があったし、その後の名刺交換でもかなり有力そうなお客様の名刺が重なった。 

一番は、このパワーポイントを作ったSさんが、称賛してくれたことだ。

仕事がら色んなシンポジウムや講演等を聴いておられるSさんから、「素晴らしい!」と言われたことが私にとっては大きな金賞となった。

Sさん曰く、まずこの会場が素晴らしい。

画面も普通のプロジェクターではなく、かなりきれいに大画面に映し出された。そして音も前も後ろも同じようにはっきりくっきり聞こえたとのこと。

そして私の発表中は結構受講者の反応が良く、熱心にメモを取っている人が結構いたとのこと。

それと、私の説明が大変分かり易かったこと、また私のこのコイルに関する自信と思い入れが伝わってきたことが最高に良かった…とのことであった。 

終わった後は、かなり疲れが出たが、この言葉で疲れがすっ飛び、思わず歓びの感情が沸き上がってきた。

大連で歯の治療?!

2019-1-23 11:00 : カテゴリ : 
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selco

 大連に行っての私の楽しみは、「垢擦り」と「指圧」である。

垢擦りは、ご存知のように、タオルで身体をこするだけで、ウソみたいな垢が出てきて、一種の快感を覚える。

そして指圧は、やはり上手い下手があるため、いつも指定する体格の良いお姉さんが、「大丈夫ですか?」と片言の日本語で聴きながらかなり強く押してくれるがとても心地よい。

大体指圧は、滞在3日位でも2晩は行く。

前回はこの指圧屋さんで、床屋もやっているようなので、頼んでやってもらったら、ホンの15分位でカットし、頭を洗って400円〜500円位、私のほぼ禿げたような頭にはお金をかけてももったいないので、これはちょうど良い。


 今回は、ちょっと時間があったため、歯医者で歯石を取ってもらおうと思い、近くの歯医者へ行った。

そのお医者、私の前歯について、一所懸命何か言っている。

私の前歯2本は、いつからか歯茎がせり出したのか、かなりの出っ歯でスキッ歯となっており、年々そのスキ具合も広くなっているような気がして気にはなっていた。

また、奥歯の詰め物が取れて入れ替えた頃からどうも噛み合わせが悪くなり、両顎が異常に痛くなることが多くなり、入れ替えたお医者に言うと、「私の治療は完璧だ!全く問題がない、気のせいだ・・・」と言って全く取り合ってもらえず、違うお医者へ行こうかどうしようか迷っていたが、日本の歯医者で評判の良いところはどこも満員で、予約をして行って待たされるため、とにかく「待つ」ことが嫌いな私は躊躇していた。

しかし、だんだん歯垢も溜まってくるし、どうにかしなければ・・・と云う思いから、大連で歯垢を取る・・・と云うアイデアに辿り着いた。

案の定、待ち時間が殆どなしで、治療が始まった。

・・・が、私の前歯を指さして、先生が何か色々と言っている。


 聞くところによると、この前歯は噛み合わせが悪くグラグラしており、良くない状態だ。

40分6万円程で直せるがどうか?と言って、以前やったと思われる患者の「治療前」と「治療後」の写真を私に見せながら説明する。

簡単と言っても、ここは中国・・・下手なことをしたら取り返しがつかなくなると・・・大雑把でいい加減な私でも、そう思った。

しかし、私の好奇心の方が打ち勝った。

治療を頼むことにした。

麻酔も何もなしで痛くも無い、前歯の当たりをゴチャゴチャといじくること約一時間、途中で他のお客が入って先生が抜けた時間があったから、約束の40分位で治療

が終わった。


 果たして・・・・・・!?


 鏡を見てびっくりした。

あれだけ、飛び出てみっともなかった前歯二本がキレイに並んでいる。

俄かには信じられなかったが、いじっても大丈夫。

たったの40分で、あの芸術的なスキッ歯が見事にきれいな歯になって蘇った。



その先生・・・実は韓国の先生で、この技術はドイツの技術なのだそうだ。

韓国と云えば「整形大国」で、このような治療がホイホイ出来てしまうということか?

私は先生に固い握手をして6万円払って帰って来た。

あれから2週間、歯の方は全く問題ない。

そしてあの噛み合わせが悪く、顎が痛いのもウソのように治っていた。

前歯のかみ合わせの悪さが、奥歯に何らかの影響を与えていたということか?

いずれにしても、日本の歯医者さんよりも、中国の歯医者さんの方が凄い・・・と思った瞬間であった。

新年、あけましておめでとうございます!

2019-1-4 11:00 : カテゴリ : 
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selco

新しい年がやって来た。

確かに、以前は「新しい年=希望」のように感じていたのが、最近は「新しい年=また一つ年を取る」に変わってきているように思える。

 それでも私は、自然の摂理に逆らいながら、夢を持ち、それを追い続ける。

 仕事は勿論、私の場合は、自分に拘ること全て、全方向で「ああしたい」、「こうなりたい」という気持ちが沸き、未だ未だこれから・・・と云う気持ちが強い。

 そうなると、どうでもこの衰えて行く肉体を鍛え、共に精神を鍛え続ける必要がある。

 肉体はなかなか鍛えるのに時間がかかりそうだが、精神を鼓舞する言葉は考えられる。

 

新年に当たり、自分自身に贈る言葉を考えた。

漢字四文字を4つ組み合わせて考えた言葉(漢文ではなく、造語も含まれる。)

 

    72歳の理想の人生  

勇住邁進(ユウオウマイシン)  常に勇気を持ち進む

創造旺盛(ソウゾウオウセイ)  旺盛な創造力を持って新しいことに挑戦し

全魂投入(ゼンコントウニュウ) 自分のすべてをそこに投入する

夢中迎死(ムチュウゲイシ)   そして明日の夢を追いつつ死を迎える

 

    心構え

苦難歓迎(クナンカンゲイ)    悩みや苦しみよ、どんどん来い!

不逃立向(フトウリッコウ)     逃げずに立ち向かい

撃破必勝(ゲキハヒッショウ)   苦難を撃破し

獲得歓喜(カクトクカンキ)     その果てにある歓喜を得る

 

ハードディズナイト・・・忙しい日々

2018-12-16 21:30 : カテゴリ : 
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selco
 
先月終わりから先週金曜日迄、休みなしの忙しい日々を過ごした。
 11月26日、先般の「ものづくり大賞NAGANO」グランプリ受賞に伴う信越放送(SBC)の会社取材で、ほぼ丸一日、翌日「上海の車部品の展示会=オートメカニカ2018」に出展のため上海行き、12月1日迄、4日間の長い展示会、12月2日の日曜日に帰国、3日は2組の来客、4日は東京方面の得意先での打ち合わせ、5日、6日、7日と来客と、忘年会関係の打ち合わせ、準備で大童、8日は忘年会の準備とリハーサルで終日動き回り、9日は「第18回結いの里こもろ大忘年会」、打ち上げが終わるとクタクタ、翌10日は来客のラッシュ、11日こちらも来客、午後のお客は、ロケット部品のお客。
 翌日は始発で岡山へ向かい、その翌日は新規のお客で、大阪、京都と2軒寄って戻り、そして金曜日は、またしてもテレビ収録のため、長野のSBCの放送局へ行き、経済評論家の先生と対談形式の収録、ようやく昨日今日と3週間ぶりの休日となった。
 72歳のこの歳では一寸過酷なスケジュールであるが、今年は風邪もひかずに元気でやってきている。
 上海はひどかった。
 空気が汚い。
 気管支が弱い私は呼吸困難になりそうになった。
 また展示会の会場の混みようには閉口した。
 行きも帰りもメチャ人が多い、特に帰りは展示者と来場者が一緒くたに帰るため、わざわざすぐそこにある電車の改札からぐるーとトンデモナイ距離を大回りで歩かされて、一度に改札に群衆が押し寄せることを防ごうとしているが、その距離が生半可の距離では無い。隣の駅に歩いて行った方が近いぐらい長い距離であった。
 エスレ―ターなどにはいっぺんに寿司詰め状態に載るため、降りる時のタイミングが非常に難しいが、あちらの人達は難なくひょいひょい降りている。
 こんなに多くの人が乗り続けたらその内、壊れるんじゃーないか?と思ったが、果たして最終日は予想通りガタっと止まってしまった。
「エスカレーター、止まれば只の階段ダ!」
 Buzz Videoでやっていたが、中国でこれが滑り落ちて人が倒れて大騒ぎとなった映像があったが、私の方はただの階段になっただけで助かった。
 展示会そのものは、EV大国中国ということで、当社の展示品の中でも車のモーター関係に7〜8割方関心が集まり、それもセグメントタイプといって、日本の大手が採用している方法の技術とか製造装置を売って欲しいという話が殆どであり、当社が得意としている巻線して圧縮するような話まで発展することは全く無いため、私尾は4日間詰めても殆ど出番が無かった。
 確かに中国はEV化が進んでいるとは思うが、目の前の課題解決が先決であり、いかに日本を始め海外の進んでいる国の技術を取り入れ、すばやく車を作り上げるか?が一番の課題であり、これから研究開発をしてじっくり次の時代の技術を探そう・・・というような意気込みは少なくともこの展示会からは感じられなかった。
 先端を行く要素技術はこの国では今は不要なのだ。
 この大変込み合って空気が悪く、その上期待した程の成果もあげられなかった状態の展示会に比べ、夜に出かけた上海タワーの川の周辺の景色は絶品だった。
 イルミネーションとライトアップのこの景色は大変美しく、夢の様な景色だ。
 正に中国の光と影ではないが、非常に文化的に素晴らしい面と、以前の東京を思わせる空気の汚さ、国際展示会と云うには強制労働者のように集団で相当の距離を歩かされる展示会、エレベ―ターが途中で停まってしまうような面が同居する発展途上の国であった。
 
第18回結いの里小諸大忘年会」
 私の1年の仕事以外のニコニコグループ、新老人の会のような様々な付き合い、またスタジオ関連の音楽関係の付き合いの総決算がこの忘年会である。
 特に、音楽関係は年々色んなミュージシャンとの付き合いが広く深くなって行き、だんだんこの忘年会が紅白歌合戦に出られるか?出たか?のようなイメージの状況となってきている。
 勿論、これは私のプロデュース、演出によって組み上げて行く。
 今年はこの演出がまた大当たりで最後の握手会で全員と握手して回るのだが、皆さん異口同音に「良かった!」、「最高!」、「素晴らしかった!」等々の声が上がった。
 私の出番は4曲歌い、1曲ジャズダンスを踊ったが、まぁまぁのできであった。
テレビ出演
「長野県ものづくり大賞」のグランプリを取ったということで、このところ新聞にはあちこち載り、ラジオに出る、テレビにも受賞ニュースを合わせると3回出ることになる。
 この一番の番組は暮れの29日の2時35分から3時迄の25分間であり、この会社収録とスタジオ収録があった。
 会社の方は私のインタビューの他、営業、開発の責任者のインタビューがあり、スタジオでは経済評論家の先生との対談形式で行われた。
 スタジオ収録は10年前のおやじロックバンドでNHKに立て続け3回出た時の3回目がスタジオで生出演した時以来の経験となる。
 あの時もそうだったが、この正味10分位の収録のために5〜6人の人達が2時間以上かけて準備をする。
 メイクの人に一応顔を多少見れるようにと・・メイクしてもらう等、結構本格的な準備をする。
 でも、あの収録時の5,4,3,2・・・の時のちょっとした緊張感は何とも言えない快感ではある。
 
 仕事
 仕事の方は、あちこちから様々な試作の依頼が舞い込み、特にEV化の影響で、車のモーターの話が色々と出て来る。
 中国と違って、流石日本は当社の圧縮成型コイルにもかなり関心を持ってもらえる。
 この技術が世に出るか否かは当社にとっても大変大きなターニングポイントとなるため、来年は当然勝負の年となりそうだ。
 また当社のコイルは今、衛星用ロケット、「イプシロン」、「H2A」,{H2B},それから{H3}ロケットにも搭載されることになる。
 今ドラマで「下町ロケット」をやっているが、当社のコイルがないとロケットは飛ばないということになる。

 数が数で売り上げにはならないが、「コイル技術世界一」を目指す当社としては安全性、信頼性、高特性等々の証明として、これは大きなテコとなる。 

 

 

 「2018年長野県ものづくり大賞 グランプリは・・・・・」

「株式会社・・・・」
 そして
「セ・ル・コ」
・・・と続いた。
 まさかのグランプリ受賞・・・であった。
 今年6月に長野県 佐久地域振興局商工観光課 課長補佐兼工業係長 足立 昌洋氏が当社に来社され、この「ものづくり大賞」に応募をするための打ち合わせをした。
 原稿としては、昨年のものづくり補助金を貰う時の申請書があったため、さほど時間はかからなかったし、足立氏が必要事項、要点等の体裁は全て整えて戴いたため、私としてはさほどこの賞についての「努力感」が無く、9月に「ものづくり大賞」の三社に選ばれたと聞いた時もさほど感激もなかったし、その内の一社が先週講演に行った飯島町の南信精機さんと知り、当社はその南信精機さんにはとてもかなわないと思っていたため、「グランプリは無理!」と最初から思い込んでいた。
 南信精機さんは、先日の講演でも話したが、我々中小企業がこれから向かうべき姿を既に実現している私にとっては“あこがれの姿”であり、はっきり言ってその"格“が違う。
 私はこれまでもブログや本で主張してきたが、まず大企業はモノ造りを日本ですべき、そして日本の中小零細が造った部品を使う、そしてその中小零細は自分の持つ特殊技術を機械屋さんとかでは無くできれば自社でノウハウを蓄積、自動化し、世界のどこよりも安くて高品質の”メイド・イン・ジャパンの部品“を造る・・・そして海外は海外でこれも自動化対応し、日本のマザー工場での改善改革された自動化ノウハウをそのまま移行して対応すべし・・・・。
 これを全てやってのけているのがこの南信精機という会社であり、片桐社長なのだ。
 そんなことで、私はからこの”グランプリ”は諦めていた。
 未だ他の企業であれば、結構期待したかもしれないが、この南信精機さんには勝てないと思っていた。
そしてまたこの日は年に一度の「いとこ会」開催の日で、今年は白馬のロッジホテル「シェラリーゾート白馬」に行くことになっており、出来ればタイから帰ってきている兄と一緒に行こうと思っていたし、早く従妹の人達とも会いたかった。
 また前日まで大連で結構ハードなスケジュールをこなしてその夜帰ってきており、一週間の締めくくりの日は、できれば朝礼だけでも顔を出しておきたかった。
 ところが9時半までに長野の会場に展示品を準備するようにと案内書に書いてあることを大連で知り、展示品となるコイルを用意して置いてもらい、朝7時にこれを取りに会社に行き、女房と共に「いとこ会」参加の準備をし、いそいそと長野の冬季オリンピック競技の会場だったビッグハットへ向かった。
結構長野市内は朝の出勤渋滞でノロノロ運転だったが9時20分頃には会場に着き、展示品を並べ、どうにか体裁を整えた。
 ・・・と云うことで、私の頭の中は、10時から12時までというこのセレモニーを早く終えて、白馬に向かい、途中信州新町で久しぶりに有名なマトンの焼肉を食べて白馬に向かうというゴールデンスケジュールで満たされていたのであった。
ところが、この突然のグランプリ受賞である。
 
 受賞の可能性があれば、事前に気の利いた言葉でも用意しておいたが、余りの突然なことで気持ちの整理も付かず、信越放送=SBCの美人アナウンサーからの質問にも、おざなりのことしか答えられなかった。
 しかもこのアナウンサーから突然「おやじバンド」の件を持ち出されてこれまた困惑した。
受賞して表彰状、盾、そしてトロフィーを貰った。
 このトロフィーはガラスの巨大なビー玉の長細いようなトロフィーであり、この結構重いトロフィ―を持って何度も写真撮影に応じた。
 その他、長野県工業技術総合センターの北沢さん等から受賞のお祝いの言葉を戴いた。
未だ私がセルコの社長なって間もないころ、マイクロストーン社の白鳥社長から、これからの中小は開発とか研究をしなければだめだ・・・と言われ、当時の工業試験場とか信州大学工学部にお願いし、コラボで新規開発品の開発をしたりしたことを思い出した。
 その頃のセルコと比べれば、今はまあどうにか格好は着いた会社にはなっている。
今回の受賞も、対象が「高密度圧縮成形コイル」という当社がこれまでのナイーブなコイルの常識を打ち破り、コイルを圧縮したり、曲げたり、一体モールドしたりする技術をこの10数年確立してきたが、業界ではこの技術は、被膜をキズつけるのではないか?という”危ない技術“と思われていたようで、なかなか採用されなかったが、今や、この技術を使って他社との差別化を計り飛躍し始めている会社が複数出始めており、私はこれから様々な場面でこのコイルが使われると思っている。
「高密度コイル」という言葉も、私が10数年前に言い出した言葉であるが、ネットを見るとあっちこっちで使われている。
 ただ当社の高密度コイルの定義は、占積率90%以上=すなわち丸線を使ったコイルを圧縮したモノを指すが、一般的には「きちっと巻かれているコイル」を指しており、多少意味合いは違っているが・・・・。
 又今回はその圧縮の特許技術を更に進化させ、プラスチック成型と同じようにコイルを希望の形、寸法に成型してしまおう・・・という全く常識破りのコイル技術であり、これまでは考えられないような画期的な技術である。
 これが今回受賞の理由・・・と云うことになれば、セルコが特化してきたこの技術が、世の中に認知された・・・と云うことになるのかも知れない。
いよいよ「高密度コイルのセルコ」の時代が始まる・・・と云うことになる。
 
 後、長野県産業労働部産業政策課の課長さんと主事の方がお二人名刺交換しながらご挨拶したが、恐らくこの方達が、佐久の商工課の足立さん等と共にセルコグランプリの受賞を強く推してくださったのであろうと想像する。
感謝‼感謝‼である。
 
 会場には何故か当社の監査役、太陽光発電のサンジュニアの西原会長が居た。
この授賞式と共に会場では「産業フェアin信州」という展示会が26,27日と2日間開かれており、商品の展示に来ているとのことであったが知らない人達ばかりの会場で会えてとても心強かった。
 西原さんからはいつもの調子で「賞金は無いのか?」・・・と聴かれたが、そういえば残念ながら賞金は無かった。同時に経理部長の顔が思い浮かんだ。
 テレビ局、新聞社のインタビューも受けた。
 そういえば、昔はテレビ、新聞の取材はしょっちゅうあり、取材慣れしてポンポンと受け答えしていたりしたが最近では珍しい。
 
 結局、展示品は1時まで展示して置くように・・・とのことで、まさかグランプリの会社がその前に撤収もできないため、西原さんの提案で、会場の食品の展示場での試食品を食べ歩いて昼の代わりにしようとしたが、結局それでは物足りず、おにぎり一個とお茶を買って、信州新町のマトンは諦めた。
 
 一時きっかりに展示品の撤収をしたが、それでも受賞企業とエクセレンス認定企業の10数社の中で一番早い撤収となった。
 
 私以上に驚いた女房と会場を後にし、白馬のホテルへ向かった。
会社や友人へは、メールやラインでできるだけ受賞の連絡をした。
いとこ会へは女房が「いとこ会グループメール」で送ってあり、ホテルで会うとみなさんから「おめでとう!」の嵐となった。
 ゴルフのホールインワンよろしく、その日の飲み物は私のおごりとなった。