今日は12月31日
また新しい年を迎える。
当然歳も重なる。
いくら「生涯現役」を目指し、「万年青年」を自称していても間違いなく肉体も脳も衰えを感じずにはいられない。
11月後半から忘年会の12月第2週にかけて、大連、バンコク、鹿児島・福岡、大阪と毎週の移動の末の忘年会は、私の身体に限界を感じたし、最近はとにかく人の名前を初めとして様々な固有名詞が出てこないとこれは「いよいよダメかな?」と落ち込むこともしばしば・・・。
それでも、私が10数年前から言っていた「高密度コイル」の時代がようやく芽吹き始め、まだまだ歳だから、ちょっと人の名前を思いだせないくらいのことで、ひるんではいられない。
どうでも、このコイルを世の中の1~2割程度浸透させるまでは、頑張ろう・・と思う今日この頃なのだ。
平成27年、2015年を振り返ると、様々なことがあった。
政治的には安倍内閣がとにかくアベノミクス効果による株高・円安で大企業の業績が軒並み上がり不公平感は増したものの総じていえば、以前と比べ結構景気回復、中国の曝買いなども手伝って経済的な浮上感を背景に公明党と共に安定多数を得た。
またそれを良しとして、安保法案を通し集団的自衛権の行使ができるようになってしまった。
先般NHKスペシャル「新・映像の世紀」という番組で、ナチスドイツの成り立ちの歴史の場面があったが、今の日本はまさかこれから独裁専制で世界に戦いを挑むことはないだろうが、麻生さんが言ったように、この国はこのナチスドイツ生成の頃の政治をそのまま周到した政治を行っているように思えた。
そのころドイツは第一次世界大戦の影響で、経済が低迷し政治的にも混迷していた。
そこで首相となったヒトラーは、それまでのワイマール憲法を変えることなく「骨抜き」にし秘密裏のうちにドンドン独裁制を強めて行った。
逆らうものは排除、国民には景気浮上策(金のばらまき)と報道規制、マスコミを信じてしまう国民は知らず知らず暗黒の世界に引きずりこまれて行った。
しかし、現在はあの頃の世界とは違う、あまりこの手法を使いすぎると、大きなしっぺ返しがくるだろう。
私の考えは、いつもと全く変わらない。
日本は「平和憲法」を旗印に、戦争放棄を世界に大きくPRすべきだ。
これは「縄文文化」という1万年以上も争いもせず集団生活をしてきた日本人だけがなせる業であり、世界平和というよりも地球存続のためには日本が世界をリードして行く必要があることを私たちは自覚する必要がある。
COP21で地球温暖化が叫ばれているが、私に言わせれば、戦争で多くの爆薬を使うことが最も大きな大気汚染であり、原発の事故などはCO2の汚染などぶっ飛んでしまうほどの汚染であり福島の原発付近に住んでいた人たちは恐らく半永久的に戻れない。
人類が未来永劫存続できるような叡智が今の私たちに求められていると思う。
その視点に立ったエネルギー政策、農業政策、人口政策を考える必要があり、戦争をやっている場合ではない。
・・・いつもそうだが、私がここで「国や世界のあるべき姿」を語ってみても、世の中は何も変わることはない。なるようになって行くだろう。
しかし私としては言っておく必要がある。
今この時点で私が感じたこと、思ったことが10年、20年いやもっと先になるかも知れないが、必ず実現するからである。
さて、「高密度コイル」の話に戻そう。
この暮れにかけてこの高密度コイルの話はかなり熱を帯びてきたように思う。
結局、モーターを中心に平角線にしろ丸線にしろ「占積率」を上げることがいかに大事なことかが、多くのメーカーの技術者がようやく気がつき始めてきたということである。
ようやく・・・というのは、私はこのことを既に10年以上前から言い続けてきたことが、最近になってやっと日の目を見始めてきたということだ。(やっぱり10年以上かかった)
恐らく来年は、この高密度コイルはかなりフィーバーするのではないか?と思う。
しかし当社はほんのちっぽけな会社であり、それほど多くをこなせるキャパはない。
恐らく高密度コイルの普及には、タイ、大連、そして強力なパートナーが必要になってくるのではないか?と思っている。
平成28年2016年は、「高密度コイル元年」になるのか!?