リッツ線、集合線の引き合い

このところ、EV車向けのモーター用コイル中心にリッツ線とか集合線の引き合いが増えている。
渦損対策のようだ。
当社は、これまでコイルの「占積率アップ」を錦の御旗にして技術を蓄積してきたが、ただただ占積率を上げても、特に太線は表紙効果の問題があり、銅損は少なくなるが、渦損が発生し思ったような特性が出ないということのようだ。

当社のリッツ線の歴史は古い。
IH技術を寡占化したパナソニックの前身の量産はセルコが電線会社の下請けとして担当していた。
リッツ線についての特許はパナさんが殆ど抑えていったが、このIHのコイルを巻く技術、リッツ線の取扱技術については、当社は様々なノウハウを持っている。
パナさんは、20年以上前に電線会社が電線が売れれば…ということで、パナさんの技術者を4~5人連れてきて、装置の説明をしたり、写真を撮ったりして帰り、仕事は来なくなったが、その後も様々な会社からロット数は少ないもののIHの仕事はずっと続いてきている。

このIHコイルの製造技術により、当社にはEV時代には欠かせない「無接点充電」の話が、結構舞い込んで来る。
IHコイルにしても、無接点充電にしても、ただ「リッツ線」と云っても、ピンキリであり、撚り方、扱い方はそれなりに工夫が必要で、巻線技術、電線会社とのコラボは不可欠である。

一時、複写機のIH定着装置用のコイルが、各複写機メーカーから次々と受けた時期があったが、この時には、このリッツ線を巻いておいてこれを「曲げる」という技術が必要となった。
これらは試作のみで、終に一社として量産には至らなかった。
理由はパナさんの特許を超えることが出来ないと云うものだった。
 しかし、当社は、これらの様々な試作をこなすことによって、様々なノウハウ、知見を得ることが出来た。

 今、EV化の波で、リッツ線を使った巻線は、正に当社の出番・・・という状態にある。
 また集合線に関しては、当社の丸線で高密度巻線が使える可能性がある。コイルを密に巻いたものを集合線にするという発想だ。
 更にこの集合線の占積率を高めたいというお客様には、コイルの圧縮技術(当社の特許技術)も使えるかも知れない。
 当社は、これまで被膜を損傷せずに電線をいかに圧縮したり成型したり、曲げたりするか・・・という技術を磨いてきた。
 今回の「リッツ線」、「集合線」が必要になってきた時代は、正に「セルコの時代」が訪れた…ということか。

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74歳になる私の「健康法」

私は今、73歳、来月28日で74歳になる。

 私の健康法の基本は、EMとセルパップ。 

 48歳の時にEM(沖縄琉球大学比嘉教授が開発した土壌改良材)との出会いがあり、それ以来、医者いらず、薬要らずの生活をしてきた。

 しかし、歳は歳、やはり年々自分の弱いところからガタが出始め、EMさえ飲んでいれば、全く問題なかった私も、”逆流性食道炎”に悩まされ、結局医者に行くことになった。医者に行くと当然、血圧を測る。医者の血圧計はなぜか数値が家の時よりかなり上がる。

 看護婦さんは、“白衣血圧症”だというが、病院嫌いの私はどうもその毛がありそうだ。また、目がぼやけ、焦点が合わなくなり出し、2年ほど前に大宮の本を書いている眼医者さんで女房と揃って白内障の手術をし、一時はメチャ調子が良くなったが、時間と共に、徐々に元々良くなかった右目の調子が悪くなり、本やメールを書いたり読んだりする私にとっては、煩わしい状態であった。

 それからもう一つ。

 それは、20台の頃からの因縁の”腰痛”である。

 昨年、佐久の針治療院へ通い始め、半年間1回6000円の治療を毎週土曜日に通い続けたが、結局その結果、これまで無かった3日間全く立てなくなるようなひどい状態となり、行くのを止めた。

 ところが、最近、これらの各症状が劇的に改善され始めている。

 最初は腰痛

 これは、テレビの”筋膜はがし“ということを知った。  

 人間の身体には筋膜という膜で覆われており、これが長年人間をやっていると、段々筋肉や肉と癒着し、これが腰痛などの不快な状況を作り出しているとのことだった。

 私は早速、スポーツ用品のDepoに行き、筋膜はがしに使うローラーを買いに行った。そのついでにALINCO(アルインコ) の“振動ボール ツイン ローラー EXP224H 振動 筋膜リリース ストレッチ”という、ちょうどテニスボールを二個並べたような形の振動ローラーも買って帰ってきた。

 これが良かった。

 私は朝、目が覚めると、そのまま寝床で、これまでやっていたテニスボール二個をテープでぐるぐる巻きにしたものを腰に当てていたのを、ただ腰に当てるのではなく、筋膜はがしをすべく、腰を前後に動かしながら、このボールの上でグリグリグリグリやる。 

 …と、同時に、この振動ローラーで、まずは調子の悪い目に当てる。それから徐々に頭の方にずらし、後頭部のボンのクボ、首筋、耳の辺り、と万遍なく、押し当てる。

 特に当てて痛みや違和感を感じる部分には長く強く当てるようにする。

 そこから、喉仏の辺りは念入りに当てる。 ここはかなりの重症で、最近の老人性の滑舌(かくぜつ)の悪さもここに起因しているのではないか?と思い、入念にローラーを押し当てる。

 徐々に以前東京にいた頃患った気管支喘息のあった気管支、そして問題の食道、胃、腸ともみほぐして行く。

 ついでに膀胱の辺りにも充てる。

 これが、凄い結果を生み出す。

 まず眼は、かなりはっきりし始めた。但し目ヤニが出てくるため、アイボンという目の洗浄機、洗浄水を買い、眼の洗浄を一日数回行うと、かなり調子が良い。

 次に、50年来の腰の調子が日々良くなってきた。

 大きめのローラーも使うが、一番効果があるのは、テニスボール二個のテープ巻で、腰や尻や太腿の辺りをゴリゴリやる。

 また、老人の最大の悩みである、おしっこの出も良くなってきて、残尿感が無くなった。

 もう一つ、最近しゃべりがスムースで無くなってきたところだったが、これが、結構、マッサージが効いているようで調子が良い。

 逆流性食道炎の方は、お医者の薬は本当によく効き、薬を飲んでいれば、殆ど問題なくなってきたが、マッサージの効果で改善されたかどうか?は薬を止めてみないとわからない。

 そのうちに薬を止めてみようと思っている。

 血圧は、首の辺りを良くマッサージすると一気に下がることは分かっているが、これはちょっと根本的な治療では無いような気がするため、昨日「一日一分で血圧は下がる」という本を買い、この体操を実践したら、本当に下がりそうな気がしてきたため、これからのお楽しみだ。

基本は、”筋膜はがし“と”全身“である。

全身くまなく、ホグスことが“基本”ということだ。

悪いところは、間違いなく固まっており、そこが病気の根源となっている。

眼も腰も、首も、喉も、とにかく年を取るにつれ硬くなってきて、それが”老人性“

という言葉で片付けられてしまっている。

“固まったら、ほぐせばいい”

そして、最後に登場するのがセルパップである。

ここのところ、睡眠が浅かった。

毎日夜9時に寝て3時に起きて、これが私の生活パターンとなっていた。

6時間睡眠で、これ以上はなかなか眠れなかった。

その代わり、お昼に30分くらいの仮眠をするのが日課となっており、これが無いと午後は睡魔で最悪になったりしていた。

ところが、最近は8時間睡眠が出来るようになった。

ある会社からセルパップのコイルが100ヶ付いたシリコンパッドの開発を依頼された。

これがようやく出来上がって来た。

これまでセルパップ37というゼロ地場コイルが37ヶ付いた商品はあったが、100ヶ付いたパッドは、なかなかのものである。

セルパップについては、この3月頃、保健所から、広告に医療効果が謳ってあるとのとお咎めを受け、セルパップのホームページは元より、楽天の広告、そしてこのセルコのホームページの「会長の部屋」の10年近く前の記述、他の人が引用したページまで、隅々まで調べ上げられ、全て削除や修正をした。

このコロナで大変な時期、保険所はさぞかしその防止対策で大変だった時期に、このセルパップという月々数万円の売上しかない商品を、誰かに指摘され、やらざるを得ないことは分かるが、相当の時間と人数をかけ、調べ上げ、約2ヶ月に亘り、何度も修正・削除を要請してきたことが、私には良く理解できない。

当社には中国大連に合弁会社があり、たまたま今回、そこで人工呼吸器用のコイルを製作していたため、春節明けの二月から、この人工呼吸器用コイルの狂騒が始まった。それ以来最近まで土日祭日関係なし、毎日全員残業、人数はそれまでの18名から一気に40名近くに増加。これを大連の現地の従業員が自主的にやっている。

当時、中国武漢が大騒ぎしていた時期であったため、大連は一体どうなるか?とハラハラしていたが、結果は、これまで全くと言って良いほど、何の被害もなかった。

先般、大連市の隣の金州というところで、12人の集団クラスタが発生した。

その金州からも大連工場の社員が通っているため、今度はちょっと?と警戒したが、その数日後の日曜日に従業員全員のPCR検査が終わり、全員陰性のため、全く影響がないから安心して…との一報が入った。

そして、大連600万人全員、PCR検査を実施するとのことであった。

日本は?というと、先般の新聞でPCR検査が一日5万数千人になった・・・との記述があったが、これが果たして”先進国”と言えるのだろうか?

我々は今、毎日毎日、どこで誰が感染するか?或いは感染しているか?分からない状態で暮らしている。

先般7月29日も、会社の創立記念日であり、早々に中止を宣言していたが、このコロナは長引くであろうと、近隣で殆ど社員のみの記念祝賀会をこっそり開催した。

この時も、かなり社員からこんな時期に、なんでやる必要があるんだ・・というような意見があり、結局3名は、不参加となってしまった。

それから2週間、今のところこの記念祝賀会での感染はゼロ・・・であるが、この記念すべき式典をこっそり、恐る恐る、しかも不参加者が出てしまうほどの警戒を自分達でしなければならない国と、たとえ数人でも感染者が出たら、全員の検査を即実施し、対策を講じる国の差は、一体どこが違うのであろうか?

セルパップの話から、大分逸れてしまったが、そのセルパップ100を敷いて寝てみると、これがンビックリ、完全に身体が癒される感じで、熟睡ができ、8時間きちっと寝れるようになってしまった。

これは、私にとってはまたしても朗報であり、またこのセルパップがこれから大変な事業になる可能性が出てきたため、これからは自分の身体とセルパップ事業が大変、楽しみに思っている。

面白いことに、保健所からの指摘と新事業の話が同時に発生してきたことだ。

このコイルは、今後は色んな効用を謳う必要はない。

ただ、”癒しのコイル”というような位置づけで行こう。

 “セルパップコイルで心も身体も癒されリフレッシュ!”というキャッチフレーズでどうでしょうか?

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社長交代

この26日が株主総会で、この日を持って、私は会長となり、長男の靖知(のぶとも)が社長に就任する。

私は代表権を持った会長となる。

良く、自分が身を引き時はきれいに居なくなれ・・というが、私の社長交代は、そういう種の交代ではない。

基本的には全くほぼ今まで通りの状態で行こうと思っている。

勿論、息子には「社長」としての自覚と、責任は持ってもらう。

そして、出来るところから、私は手を引いて行くつもりだが、しばらく「見習い社長」をやってもらい、当分二人三脚で行ければ・・と思う。

私にはまだまだやらなければならないことがある。

一つは、私の生涯の夢、「セルコを理想の会社にすること」であり、これも着手してから約1年半、いよいよどうにかなりそうな雰囲気が出てきた。

これは、私が総経理をしている中国大連では、かなり理想に近い会社になっている。

こちらは、副総経理に私の考え、やり方を教え込んだだけで、私は3,4ケ月に一度くらい行っていただけで、かなり良い状態になった。

今回当社も、コロナで大分受注に影響が出てきたが、この大連で手掛けているコイルの一つが、たまたま人工呼吸器用のコイルだったため、2月以降、倍々で受注数量が増え、通常ではギブアップするような状態であった。

しかし、この工場は決して「できない」とは言わない。

コロナで大騒ぎだった春節後、どうなるか?と思っていたが、コロナの影響で二人だけ2週間来られなかったが、後の人達は、バスも電車もタクシーも止まってしまった状態の中、乗用車で通う社員が、それぞれの家に送り向かいし、全員で、残業、休出し、また女子は全員、そのコイルを持ち帰り、家でカットの内職をして翌朝会社に持ってくるようなことをしながら、倍々となって行くオーダーをこなし続けた。

当時18名だった人員も、今はアルバイト含め31名で、2月から今まで3ケ月、たった一日だけ休みを取っただけだ。

朝は、始業の15分前に私が工場へ行くと、きちっと掃除がしてあり、全員が机に座って仕事の準備をしたり、既に仕事を始めたりしている人もいる。

「握手会」といって、セルコで毎日音楽をかけて一人一人と握手して回る(今はできないが・・)のだが、これをこの大連でも私が行った時はやると、みんな恥ずかしそうだが、とても良い笑顔で対応してくれる。そして今日はみんなでご飯を食べに行こう・・というと、全員が揃って参加する。

それも、飲み会や食事会の時の皆さん表情を見ていると、皆楽しそうで和気あいあいで、私が唱える「社員は家族だ!」という雰囲気がこの大連には既にある。

 話は大分飛んだが、この本体のセルコも、そのような雰囲気の会社で、またそれぞれの担当者のスキルが抜群の会社になれば・・最高だと思ってる。

その二は、「高密度圧縮・成型コイル」の拡販というよりは、一般化だ。

私は「進化論」は、ただ生物の専売特許ではないと思っている。

この世の中の産業や鉱工業も、どんどん進化する。

モーターは?というと、戦後殆ど進化して来なかった。

しかし昨今のEV化の波に乗って、ようやくモーターの効率化ということに、まず車の会社が気付き始め、モーターも進化するということを世の中がすこしずつ気が付き始めた。

モーターの効率化には、コア、磁石そしてコイルの進化が必要だ。

コイルの進化は・・・と云ったら、色んなアプローチはあるが、セルコの高密度圧縮コイルが最適だ。

今は、結構平角線に目を向けているが、私は最終的には当社の丸線を圧縮し成形までする技術が世界を制するだろうと思っている。

そのブレイクする日がいつか?が問題なのだが、これは私が未だ現役で頑張っているうちか?引退後か?それともいなくなった後か?

できれば、私が未だ現役のうちにブレイクさせたというのが私のもう一つの大きな「やらなければならない」ことだ。

私は今、セルコ50周年に向け本を書いている。

仮題は「会社とは 仕事とは 人生とは」である。

私の3回の会社遍歴。

その3社での仕事。特にセルコでの仕事と社長になってからの仕事。

そして、私の人生、幼少期、青年期、熟年期、そして現在。

・・・これは私の会社、仕事そして人生の集大成となる本になる。

最近、ブログはあまり書かないが、こちらの本に集中しているからだ。

本が書きあがったら、また今度は「会長の部屋」としてまた、皆さんに色々と発信して行きたいと思う。

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創立50周年記念式典延期へ

新型コロナウィルスの影響により今年7月29日(水)に予定していた「セルコ創立50周年記念式典」の延期を決定致しました。

 今年で50周年を迎える当社ですが、40周年の時はリーマンショックの後遺症でかなり大変な時期だったかと思いましたが、今年はまたまさかのウィルス騒ぎが、ここまで広がるとは思ってもおりませんでした。

 今やグローバル社会で、中国武漢で発生したこのウィルスは、瞬く間に世界中に広がり、各国は対応に大童です。

 当社はスイスの会社から受けているコイルがたまたま人工呼吸器に使われるということで、毎日煽りのメールが入ってきており、「少しでも多く造れば、人の命が救われるんだ!」と言って生産に発破をかけております。

 お祝い事は、また落ち着いてから、じっくりゆっくりやろうか?と思います。

 今は、とにかく、コロナウィルス対策に全力をあげるしかないかと思います。

 とにかく、気を付けましょう!

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新年に寄せて

また新しい年が来た

…と云うより「また新しい年を迎えられた」というべきか?

年末に腰を痛めて、昨年初めて会社を2日間休んだ。

痛む腰に身動きもできない寝床の中で考えた

人間は、ただ動けるだけでも幸せだ

生きているだけでも幸せなんだ・・・と

しかし、時間が経ち、身体の調子が戻ると、いつもの「あれも・・、これも・・」の悪い癖が出始める。

「そろそろ・・・」と考えるのも私であり、「まだまだ・・・」と思うのもこの私である。

あるきっかけがあり、この二つを両立させるために良い案を私は考えた

今年7月、セルコは50周年を迎える

この記念すべき時に社長を息子に譲り私は会長として私が今まで築き上げてきたもの、そしてまだまだやり残しているモノを息子と共に築き上げ、次の時代に繫げて行くべきではないか・・と。

このまま身体の調子さえ良ければ恐らく「生涯現役」を目指す私は、このままトコトン行ってしまうのではないか・・と思う。

トコトン行ってPPK( ピンピンコロリ)の私自身は良いかも知れないが、後に残った人達には多大な迷惑がかかるし、せっかく築き上げてきた土台が、千曲川の堤防のように崩れ落ちたら、会社は一溜まりもなくなることを考えると、逆に一刻も早く…と云う気にさえなる。

・・・ということで、社長の椅子を今年の株主総会時に息子に手渡し、以降は会長として、大所高所から軌道が外れてないかどうかを見て行くようにする。

また、まだやり残したことは現役の経営者としてきちっとやる。

…と云うことにしたのだ。

今後の会社目標も、10月に伊那食品工業へ息子と一泊研修に行った際に、奇しくも、私の今年度の精神目標として掲げた「みんなでしあわせになろうよ!」という言葉が塚越名誉顧問の口から出たことから、今後のセルコの会社目標はこの言葉にしようと息子と共に決めた。

”みんな”というのは、まずはもちろん従業員の幸せではあるが、結局大きく考えると、従業員の家族、取引先、得意先等、セルコに拘わる全ての人達の幸せと云うことになる。

まず自分たちが幸せになる為には、どうしたら良いか?

…これは、従業員全員が考えて、目標を持って頑張ってもらうしかない。

もう一つ、達成目標がある。

 それは「明るく 楽しく 健康的で ピカピカの職場を目指そう!」という、これはある年の目標が気に入って、これまでもずっと唱えてきた達成目標であるが、これに「楽しく」の一言を付け加えた目標だ。

それぞれの言葉の解説

 <明るく>

朝は一日の始まり

「おはよう!」、は大きな声で何度でも

声が飛び交う明るい職場

<楽しく>

みんなで旅行に行く

みんなでスポーツ大会をやる

みんなで忘年会やお祝いをする

みんなでお茶飲み会をする

<健康的>

規則正しく良い食事

みんなで掃除

しっかり体操

テキパキと仕事をして早く家に帰る

<ピカピカ>

みんなで整理、整頓、清掃する

いつもきれいに保つ

そんな職場からは不良な一つも出ない

そして、従業員は家族…と云うコンセプトを基に、下記のような「家族憲章」を作成した。

家族憲章

家族だから いつも一緒

喜びも 苦しみも 悩みも 楽しみも・・・・

家族だから いつも力を合わせる

助け合い 励まし合い いたわり合う

家族だから 話し合う

トコトン話し合い、悩みを聴き、話す

長所も短所もすべてがその人なのだから

否定をしないで良いところを伸ばそう

時には、叱ったり、叱られたりすることもあるし、

お互いが本音で喧嘩をしたりすることもあるが、

絆をもっともっと深めよう

家族なんだから

親が子の面倒を見る

お兄ちゃん、お姉ちゃんは弟や妹の面倒を見る

誕生日を祝い、結婚、出産を祝い、病気やけがの時も常に寄り添う

後には子が親の面倒を見る

家族なら当たり前

一人として落ちこぼれはいないし、出さない

全員、大事な 大事な 大事な家族だから

家族だから、お父さんが稼いだお金を、みんなで使う

お金の使い方も考える 無駄使いをしない

道具もピカピカで丁寧に使って長持ちさせる

大変な時はみんなで我慢

いい時はみんなで喜びを頒ち合う

みんなが幸せになれることを

みんなで考える

だって家族なんだから・・・。

ついでに「夢」の大切さを考える

<夢>

夢があるから

目標が生まれる

目標があるから計画する

計画があるから

実行する

実行するから

夢が実現できる

  そして・・・・幸福になれる

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ハードディズナイト・・・忙しい日々

先月終わりから先週金曜日迄、休みなしの忙しい日々を過ごした。
 11月26日、先般の「ものづくり大賞NAGANO」グランプリ受賞に伴う信越放送(SBC)の会社取材で、ほぼ丸一日、翌日「上海の車部品の展示会=オートメカニカ2018」に出展のため上海行き、12月1日迄、4日間の長い展示会、12月2日の日曜日に帰国、3日は2組の来客、4日は東京方面の得意先での打ち合わせ、5日、6日、7日と来客と、忘年会関係の打ち合わせ、準備で大童、8日は忘年会の準備とリハーサルで終日動き回り、9日は「第18回結いの里こもろ大忘年会」、打ち上げが終わるとクタクタ、翌10日は来客のラッシュ、11日こちらも来客、午後のお客は、ロケット部品のお客。
 翌日は始発で岡山へ向かい、その翌日は新規のお客で、大阪、京都と2軒寄って戻り、そして金曜日は、またしてもテレビ収録のため、長野のSBCの放送局へ行き、経済評論家の先生と対談形式の収録、ようやく昨日今日と3週間ぶりの休日となった。
 72歳のこの歳では一寸過酷なスケジュールであるが、今年は風邪もひかずに元気でやってきている。
 上海はひどかった。
 空気が汚い。
 気管支が弱い私は呼吸困難になりそうになった。
 また展示会の会場の混みようには閉口した。
 行きも帰りもメチャ人が多い、特に帰りは展示者と来場者が一緒くたに帰るため、わざわざすぐそこにある電車の改札からぐるーとトンデモナイ距離を大回りで歩かされて、一度に改札に群衆が押し寄せることを防ごうとしているが、その距離が生半可の距離では無い。隣の駅に歩いて行った方が近いぐらい長い距離であった。
 エスレ―ターなどにはいっぺんに寿司詰め状態に載るため、降りる時のタイミングが非常に難しいが、あちらの人達は難なくひょいひょい降りている。
 こんなに多くの人が乗り続けたらその内、壊れるんじゃーないか?と思ったが、果たして最終日は予想通りガタっと止まってしまった。
「エスカレーター、止まれば只の階段ダ!」
 Buzz Videoでやっていたが、中国でこれが滑り落ちて人が倒れて大騒ぎとなった映像があったが、私の方はただの階段になっただけで助かった。
 展示会そのものは、EV大国中国ということで、当社の展示品の中でも車のモーター関係に7~8割方関心が集まり、それもセグメントタイプといって、日本の大手が採用している方法の技術とか製造装置を売って欲しいという話が殆どであり、当社が得意としている巻線して圧縮するような話まで発展することは全く無いため、私尾は4日間詰めても殆ど出番が無かった。
 確かに中国はEV化が進んでいるとは思うが、目の前の課題解決が先決であり、いかに日本を始め海外の進んでいる国の技術を取り入れ、すばやく車を作り上げるか?が一番の課題であり、これから研究開発をしてじっくり次の時代の技術を探そう・・・というような意気込みは少なくともこの展示会からは感じられなかった。
 先端を行く要素技術はこの国では今は不要なのだ。
 この大変込み合って空気が悪く、その上期待した程の成果もあげられなかった状態の展示会に比べ、夜に出かけた上海タワーの川の周辺の景色は絶品だった。
 イルミネーションとライトアップのこの景色は大変美しく、夢の様な景色だ。
 正に中国の光と影ではないが、非常に文化的に素晴らしい面と、以前の東京を思わせる空気の汚さ、国際展示会と云うには強制労働者のように集団で相当の距離を歩かされる展示会、エレベ―ターが途中で停まってしまうような面が同居する発展途上の国であった。

第18回結いの里小諸大忘年会」
 私の1年の仕事以外のニコニコグループ、新老人の会のような様々な付き合い、またスタジオ関連の音楽関係の付き合いの総決算がこの忘年会である。
 特に、音楽関係は年々色んなミュージシャンとの付き合いが広く深くなって行き、だんだんこの忘年会が紅白歌合戦に出られるか?出たか?のようなイメージの状況となってきている。
 勿論、これは私のプロデュース、演出によって組み上げて行く。
 今年はこの演出がまた大当たりで最後の握手会で全員と握手して回るのだが、皆さん異口同音に「良かった!」、「最高!」、「素晴らしかった!」等々の声が上がった。
 私の出番は4曲歌い、1曲ジャズダンスを踊ったが、まぁまぁのできであった。
テレビ出演
「長野県ものづくり大賞」のグランプリを取ったということで、このところ新聞にはあちこち載り、ラジオに出る、テレビにも受賞ニュースを合わせると3回出ることになる。
 この一番の番組は暮れの29日の2時35分から3時迄の25分間であり、この会社収録とスタジオ収録があった。
 会社の方は私のインタビューの他、営業、開発の責任者のインタビューがあり、スタジオでは経済評論家の先生との対談形式で行われた。
 スタジオ収録は10年前のおやじロックバンドでNHKに立て続け3回出た時の3回目がスタジオで生出演した時以来の経験となる。
 あの時もそうだったが、この正味10分位の収録のために5~6人の人達が2時間以上かけて準備をする。
 メイクの人に一応顔を多少見れるようにと・・メイクしてもらう等、結構本格的な準備をする。
 でも、あの収録時の5,4,3,2・・・の時のちょっとした緊張感は何とも言えない快感ではある。

 仕事
 仕事の方は、あちこちから様々な試作の依頼が舞い込み、特にEV化の影響で、車のモーターの話が色々と出て来る。
 中国と違って、流石日本は当社の圧縮成型コイルにもかなり関心を持ってもらえる。
 この技術が世に出るか否かは当社にとっても大変大きなターニングポイントとなるため、来年は当然勝負の年となりそうだ。
 また当社のコイルは今、衛星用ロケット、「イプシロン」、「H2A」,{H2B},それから{H3}ロケットにも搭載されることになる。
 今ドラマで「下町ロケット」をやっているが、当社のコイルがないとロケットは飛ばないということになる。
 数が数で売り上げにはならないが、「コイル技術世界一」を目指す当社としては安全性、信頼性、高特性等々の証明として、これは大きなテコとなる。

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パナソニックのレッツノート~日本再生への道

日経ビジネスにパナソニックのレッツノートの記事が載っていた。
タイトルは「パソコンは未だ稼げる」
世界のパソコン市場のトップ3は、①中国レノボ・グループ、②米ヒューレット・パッカード、③米デルで、日本は、価格競争に負け、存在感は殆どない。
 そんな中でパナソニックが頑張っているという。
 神戸市のパナソニック神戸工場でレノボ・グループが年6000万台規模に対して、年100万台ではあるが、規模を追わず、顧客ニーズをきちっと捉え、効率を上げる工夫をしながら生産している。

 日本の家電は、ここ20年ほどの間に、殆ど中国や韓国、台湾に持って行かれてしまった。
 その一番の要因は、とにかく安さの追求=安く造って大量に販売することこそが、グローバル化に対応して生き残る道だと思ったからである。
 そこから、“メイド・イン・ジャパン”という考え方は自ずから消え去り、安ければどこで造ろうがOK・・・という考え方が蔓延した。
 日本のメーカーは中国の安い労働力を当てにして、我先に・・・と中国へ出て行った。
 そこで起こったことは、“自明の理”である。
 日本のモノ造り技術がドンドン中国に根付き、やがては中国で品質的にも変わらない製品が出来るようになってしまった。
 当然、巨額にして巨大な日本の本社組織を抱える日本は、中国とか韓国の身軽な企業と闘っても、コストでは勝てない。
 結局は、ただただ技術を教えて、仕事を取られてしまっただけなのだ。

 これまでの話は、誰もが知っている日本の家電市場喪失のストーリーかと思うが、以下に私の考え方を披露したい。

 日本のメーカーはバブル崩壊後、こぞって中国へ生産移管をしたが、これはすべきではなかった。
 ・・・というよりも、少なくとも日本に生産を残すべきであった。
 日本のモノ造りは、特に部品は、日本の中小零細企業が賄っていた。それもかなり精度の高い、優れものだった。
 良く”過剰品質“と言われるが、正に過剰品質で我々は部品を造っていた。
 なぜなら、メーカーがそれを望み、それが出来なければ、我々は生き残れなかったからだ。
 当社は、ドットプリンターのソレノイドコイルとそのアッセンブリ―がメインだったが、抵抗値の管理は非常に厳しく、12個いっぺんに巻く機械で、結構バラツキのある電線やボビンを使用しながらも、抵抗値をど真ん中に調整すべく、線の張り(テンション)の調整をしたり、巻の調整をしたり、涙ぐましい努力をして巻線をした。
 なぜなら、もしそのコイルに抵抗値の規格が外れたものがあったら、即得意先は即連絡してきて、工程に数量の余裕がなければ、否応なしに数人得意先に飛んで行って測定・選別、上手くして、全数返品で再検査、となるからだ。
 これもそのうちに、“社重”といって、得意先の受け入れ検査を無くす代わりに、全面保証・・・・というような、今から考えれば、無謀なことを下請けに背負わせていた。
 しかし当時の”下請け”は、とにかく得意先から言われるままであり、我々はその重圧から逃れるために、さらに管理を強化して、巻線し、検査し、もしも数値が真ん中から少しでも外れ始めると、即調整し、とにかく”ど真ん中“以外は製品じゃー無い・・・という位の管理をしていた。
 しかし今考えると、これが”メイド・イン・ジャパン“の正体だった。メイド・イン・ジャパンは過剰品質そのものだったのだ。

 それでは、各メーカーが中国や海外で自社で造った部品、或いは近隣の安い部品を購入して組み立てた製品は、果たしてどの程度のモノだったのだろうか?ということである。
 私が海外移管後、行ったあるメーカー(以前当社が巻いていた)では、この12本いっぺんに巻く巻線機のノズルを月に何十本も交換していると聴いた。
 一本確か当時6,7千円したノズルは、当社では1本曲げたり、折ったりしたら「始末書モノ」で大騒ぎしたものだったが、このメーカーは、機械の台数も多いかもしれないが、何十本もダメにしていた…すなわち、巻が乱れていることが容易に想像できるのである。
 巻が乱れていては抵抗値は間違いなくバラつく、プリンターの印字が日本の頃とは比べ物にならない位のレベルになっているはずである。
 これが、”メイド・イン・ジャパン“の消えた大きな要因なのである。

 現在、パナソニックが国内で今なお、もうとっくに消え失せたはずのパソコンを造っているということは驚きであった。
 ソニーから独立したVAIOの存在は知っており、私のパソコンはVAIOだが、まだパナソニックのパソコン生産が国内で生き残っており、それも採算が取れ、業績が伸びている…という事実は、多少日本のモノ造りに光明を与える事例かと思う。
 願わくば、その部品は国内製・・国内の中小零細メーカーのモノであれば、いうことは無いが、これは私には分からない。
 しかし、これが日本のこれからの向かうべき道の一つであることは間違いない。
 特に、パソコンとかの重要な製品は、日本の最高級のモノ造りで対応すべきである。最高の品質=我々中小零細が造るバラツキの無い優れた製品である。
 私は今は各個人にとって一番大事な“スマホ”は国内で、前部品国内調達で造るべきだと思う。最初は国内の少数派から始まり、やがては世界中のスマホは日本製になるのは間違いない。
 混ぜなら故障が殆ど無くなるからである。

 国内で造れば高い…というが、これから量さえあれば、いくらでも自動化、ロボット化が可能であり、その自動化、ロボット化も日本が世界で一番得意な分野である。
 自然エネルギー活用で電気代を極力カットして、オール自動で、大量に先校の品質の製品を造る・・・
“安くて品質ピカ一”、これが”メイド・イン・ジャッパン“の復活となる。

 すなわち日本再生につながるただ一つの道なのだ。

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国谷裕子信州岩波講座 SDGs

SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)とは、2015年9月の国連サミットで採択された、2030年までに「持続可能な社会をつくる」ために、世界で取り組むべき行動を示した17つの目標です。

ネットにこう書いてある。

私は国谷さんが23年間続けたNHKのクローズアップ現代を不本意ながら外されてから、報道ステーションの古賀茂明さんと共に一度話を聴きたい一人だった。

 日本の報道の在り方が、あのころから変わり始め、今や政府に批判的な言動をする番組はほとんどなくなってしまった。

 今香港では大騒動が起きているが、日本では色んな報道弾圧が行われても、だれも気にもしない。

 とてものどかで平和な国だ。

 国谷さんも、このことについては、講演では触れようとしなかったが、せっかくフリーになったのであれば、どんどん、日本の報道の現状について意見を言って欲しかった。松本芸術館を埋めた多くの人達も恐らくこのことが聞きたかったのかと思う。

 国谷さんのお話は、SDGsについてであった。

「持続可能な・・・」という言葉は、私の昔の記憶を蘇らせた。

 高木義之さんである。

 今から20年以上前の話である。

 仕事人間だった私が、突然目覚め、人間の生き方・考え方とか無農薬野菜と化学肥料、農薬、食品添加物の害、そして地球環境の問題にのめり込んで行った。

 その手の本を200冊以上読み、また日曜ごとに会社の空き社屋を利用して、近隣の農家の人達と、無農薬の野菜だとか無添加の食品だとか、EM発酵させた生ごみを食べさせた鶏の卵とかを売ったりしていた。

 高木義之さんの講演を先頭に立ってセッティングし、追っかけをやって大阪まで行き、丸一日のセッションを受けたりしたこともあった。

 仕事そっちのけで、会社の食堂で、高木さんのお話を聴く会も開いた。

 その時の、講演のビデオ、カセットテープ(CDはまだ無かった)、本を殆ど全て買い揃え、何度も繰り返し聞き、「地球温暖化」、「オゾン層の破壊」、「人口爆発」、「種の絶滅」、「森林破壊」、「食料自給率」等々、様々なテーマについて、自分で講義できる位できるような状態になった。

 考えてみれば、いくら高木さんが声高に叫んでみても、いくら私のような狂信的な信者が自分のできることをやったとしても、時代の流れは、一向に止まらず、あれから20数年、高木さんが警告した通りの世の中に今、なってしまっていた。

 その中で、ちょっと違ったのは、「エネルギー枯渇」の問題で、20年後、すなわち今頃は石油エネルギーが枯渇しているはずであったが、未だに中東も枯渇せず、逆にアメリカのシェールガスなどで、まだまだ当分賄える状態にある。

時代を読むに良く間違えるのは、「技術力の進化・進歩」である。

石油の切削技術の進化、シェールガスを掘り出す技術の進歩によって局面が大分変わってしまった。

私は、その後、会社の売上が奈落の底に落ち、だれもやりたがらない社長となり、自分のやりたい、やりたくないの気持ち拘わらず、会社をどうにかしなければならない立場に追い込まれて行ったのであった。

 ただ、私が心を痛めた問題が勃発した。

 東日本大震災時の福島原発事故である。

 原発の問題は、その危険性は叫ばれていたものの、実際にあのような事故が起きるまでは、殆どの人が何の危険も感じないで来た。

 この小さな地震国に原発を54機も作ってしまったことはもはや取返しもつかない。イーズスアシュアとか言う前に、原発テロの防御を考えるのが、国として大事なことなのは、だれが考えても明らかである。

 北朝鮮は、夜な夜な日本に侵入し、何人もの人を拉致して行った。

 夜な夜な、原発に忍び寄って爆弾を仕掛けるくらいのことはお手の物ではないか?と思う。

 とにかく、私たちは子供や、孫たちに偉大なる負の遺産を残すことになったのは間違いない。

 国谷さんのお話は、やはり洗練されていてなかなかのものであった。

 しかし、仕事人間だった私をのめり込ませた、あの時の高木さんの迫力にはとても及ばない。

 高木さんは、今のようなプロジェクターのない時代に、フィルム状の投影機を使って、様々な記事とか、数値を駆使して会場の一般人を説得して行った。

 地球環境問題は最早どうにもならない。

 国谷さんのお話では・・・・・。

 人はどんどん増え、どんどん贅沢になって行く。➡人口爆発

 水も食料も、とても賄いきれるものではない。➡食料不足,水不足

 食料を採るためには、森林を畑にする必要があり、➡森林破壊

 そのことが二酸化炭素のさらなる排出を促し、➡地球温暖化

 海水が上昇し、今まで住んでいたところに住めない人達が続出、➡難民問題、貧困問題

 難民が都市に集まり、都市のスラム化からテロ集団の発生、それが不安定な世の中にする。

 ちょっととても持続可能な世の中は無理のようだ!

 今、年金問題が騒がれているが、私はこの環境問題を追っかけている頃、盛んに「日本は姨捨山状態」になると叫んでいた。

 少子高齢化が進むととても自分の親を見る余裕がなくなり、「早く死んでくれ!」という状態になる。

 これを防ぐためには、今から自給自足をし、自分たちの事は自分達でできるようにし、ピンピンコロリ人生を目指そう!と色んな企画や案をまとめ、「結いの里こもろPPKセンター構想」なるものを打ち立て、実現に向けて盛んに発信したりしていたものだ。

 20年以上経った今も、この構想は捨てていない、私の最後の事業として、できれば私と関係した人達だけでも、どうしようもない時には、このセンターに入ってもらい、どうにか人間らしい最後を迎えてもらいたいと思っている。

それにはかなりのお金と体力が必要となる。

身体を鍛え、コイル事業の発展が必要となる。

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TECHNO-FRONTIER 2019シンポジウム

 昨年10月末に、突然日本能率協会よりメールが入り、2019年4月19日に幕張メッセで行われるTECHNO-FRONTIER2019のモーター技術シンポジウムの発表をして戴きたいとのこと。

 展示会で良く開かれているシンポジウムは聴講料が3万~4万円もし、内容はかなり技術的に先進にして高度で専門的な内容であり、我々中小の製造業にはあまり縁のなさそうな内容なため、一度も参加したこともなかったが、今回はいきなりそのようなシンポジウムの発表者をやってほしいとの依頼である。

 どんな内容か?と思って覗いてみると、モーター技術・・・とあって、日本の錚々たるメーカーの技術者が委員に連なっている。

 私は早速、とてもセルコのような弱小製造業が発表するような場でないと思い、お断りのメールを入れた。

 しかし、コーディネーターのデンソーのK氏より直接電話がかかってきて、再度依頼された。

「難しい質問をされても答えられませんよ」と念を押して引き受けることにした。

  これまで私も色んなことをやって来た。

 大分昔の話だがベーシック言語のパソコンの講師、結婚式の司会、親父バンドでライブ活動、最大は日野原先生の102歳の時の講演時にあやかって1400人の前でのトーク&ロックを披露、テレビでNHKの「おはよう日本」を含む3回立て続けの出演、民放へも1回、そしてセルコの技術紹介の番組で2~3回、ハイライトはNHKスペシャル。

 また「立ち上がれ中小零細企業」の本の出版で、日本の各地から声がかかり、出版から2年間位は月一平均でその本の内容について講演、これも最大700名位のところで講演、最近では「もづくりNAGANO2018」のグランプリ受賞で、久しぶりにテレビ出演・・・・。

 まだあった。

 FM佐久平というFM局に15分番組を毎週金曜日に持っており、毎週そこでトーク&ミュージックのディスクジョッキーのようなことをやっている。

 私は考えてみるとただの中小企業の社長ではなく、半分タレントがかった変な社長であった。

 その私が、「技術者の技術者のための技術発表会」をするということで、これまでとは違った緊張感が生じた。 

 これまでの私の講演では、パワーポイントとかは使わずに殆ど言葉だけで1時間半から2時間、聴講者に伝えてきた。

 最近は映像による説明が多く、確かに分かり易いが、同時に薄暗くなり眠くもなる。

 私の話の時も時々居眠りを始める人もいるが、そんな時は、自然に声が大きくなる。

 私の声は、結構通りが良く、マイクを通すと更に良く通る声のため、司会などにはうってつけの声質である。

 しかし、今回は技術シンポジウムであり、これは何が何でも映像で説明・・・という形式は外せない。

 当社にはUさんという優秀な女性の取締役経理部長が居り、画像とデザインには強く、これまでの画像に関する、会社のパンフレットや、会社案内のパワーポイントは全て彼女にお願いしてきた。

 しかし、今回は満を持してその手のプロにお願いすることにした。

 東京の営業顧問の紹介で慶應大学関係で、元日航の広告を扱っていたSさんにお願いすることになった。

 航空会社とコイル巻線の弱小製造業では、それこそ天と地…それも地の中の砂ほどの違いがあり、そこに東京と佐久との距離の違いも加わり、結構大変であった。

 まず私が考えたのは、当社の技術をどう表現して伝えるか?と言うところであったが、技術の詳細に亙る説明は映像の大きさ、バランス等を中心に考えるSさんにすると余り好ましくない。

 送った写真等が重すぎてうまく届いてないところで議論をしたりして、お互い大分焼きもきする場面もあったが、どうにかお互いの接点を見出し、最終盤迄こぎつけた。

 今回は、なんといっても当社の「圧縮・成型技術」を世に知らしめるための絶好の機会であった。

 私の最大の仕事としては、いかにこの開発をしている技術者から有力情報を引き出すか?がポイントである。

 技術者は、お客様との機密保持の問題もあり、また自分の持っている技術についての明確なアピールとかはまずしないため、なかなか持っている技術のきちっとした説明が出てこない。

 誇張することはないが、持っている技術をいかに多くの人にその技術の安全性とか有効性をPRするか?によって新しい技術が埋没してしまうか?それともブレイクするか?の分岐点になることも十分にありうる。

 特に今回のコイルの圧縮・成型技術は本来タブーとされている変形巻きにしたコイルを潰しながら成型してしまうといういかにも危険そうな技術を、車のモーターに採用を・・・と訴えるのであるから猶更、きちっとした説得力のあるデータや写真が必要となる。

 今回は、めったにないチャンスであるから、できる限りの出せる情報を出すよう説得し、ほぼどうにかなる技術データや写真が揃った。

 この時、今までこれらのデータや写真があれば、かなりのお客様を説得できたのにな・・・と思ったが、過去は過去、今は前を向いて進むしかない。

 Sさんの背景を黒とか青にし、文字を白にしたデザイン性の高さと、今回私が腐心した高密度圧縮成型コイルの技術説明を中心としたパワーポイントが出来上がった。

 今回のパワーポイントは、こうして優れたデザイナーと当社のコア技術を紹介する写真や図やデータとのマッチングが、大変見た目にもインパクトがあり、分かり易く説得力のあるものになった。

これをまた私のような経験豊富な(?)スピーカーが発表したため、それなりの反響があったのだと思う。

 しかし、今回は今までと違い、72歳という私の年齢からくる体力との戦いでもあった。

最近は自慢の喉も時折老人性の嗄れ声になってしまうこともあり、喉の調子にはかなり気を使った。

今回は、前の晩からセルパップを声帯付近に6ヶ貼り付け、プロポリス喉飴をなめながら臨んだせいか?心配された嗄れ声にはならなかった。

ただ、パワーポイントの調子が今一で、リハーサルした時にはいつも出てきた発表者用の解説文が、カーソルを当てても下に降りず、結局、書いてある文字をきちっと追うことができなかった。

私の場合は、ちょっとしたメモさえあれば、いくらでもしゃべれるため、本来はこの文字は必要ないのであるが、今回は40分という限られた時間内に終わらせなければならないということで、あらかじめ、必要な事項を吟味しながら、パワーポイントに書き込んで置き、できるだけ、それを読み、逆に余計なことを言わないようにする必要があったのだった。

書いてある文字を読むと言っても、私の場合は、ただの棒読みにはならない。

これはFMラジオのディスクジョッキーの時の技術で、書いてある文字を読みながらも普通に話すようにしゃべれるのである。

・・・・と言うことで、若干カーソルで文字が移動しなかった部分は適当に言葉をつないだことから、言うべきことを言わなかったり、言うはずではないことを言ってしまったりということがあったが、無事終わると、結構の反応があった。

質問がたくさん来た。

1/3位は技術者の方へ回答依頼したものが間に合わなくて、回答できなかったが、それなりの当を得た質問があったし、その後の名刺交換でもかなり有力そうなお客様の名刺が重なった。

一番は、このパワーポイントを作ったSさんが、称賛してくれたことだ。

仕事がら色んなシンポジウムや講演等を聴いておられるSさんから、「素晴らしい!」と言われたことが私にとっては大きな金賞となった。

Sさん曰く、まずこの会場が素晴らしい。

画面も普通のプロジェクターではなく、かなりきれいに大画面に映し出された。そして音も前も後ろも同じようにはっきりくっきり聞こえたとのこと。

そして私の発表中は結構受講者の反応が良く、熱心にメモを取っている人が結構いたとのこと。

それと、私の説明が大変分かり易かったこと、また私のこのコイルに関する自信と思い入れが伝わってきたことが最高に良かった…とのことであった。

終わった後は、かなり疲れが出たが、この言葉で疲れがすっ飛び、思わず歓びの感情が沸き上がってきた。

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