社員を育てる

私は今まで自分は人を育てることが苦手であり、自分が気付きを得た自己啓発系の研修が一番手っ取り早い方法と思い、会社に余裕が出来たタイミングで、3,4年前から2年間に亘り、講師に会社へ出向いてもらい、社内研修を実施した。
ほぼ2年に亘り計4度、2日間、3日間社員全員が一堂に介し、丸一日研修を受けた。
費用も生半可な額ではなかったが、私はこれこそ会社が変われる一番手っ取り早い方法と信じ、費用も時間も思い切りつぎ込んだ。
この研修で、結構涙の場面が有ったり、それぞれ協力し合う場面が有ったことから、これで万々歳!と思っていた。
しかし、その研修会での最終アンケートの結果は悲惨なモノであった。
上司の問題点、会社に対する否定的な意見、人間関係の希薄さを思わせる意見等々、まるっきり予想していたものとは異なる結果が出た。
自分の思ったことをそのまま言えるようになった…と云うのがこの研修の成果といえば成果であるが、会社自体は、全くナーンにも変わらなかったのだ。

ここで私は初めて気が付いた。
人は変わらない。
変えようとしても変わらない。
また、研修とか他の人に任せて変わるようなものではない…と。

その後、私の息子(現社長)と伊那食品工業の見学研修に一晩泊まりで参加した。
そして伊那食品さんの「年輪経営」とか「社員に対する考え方」を学び、二人でこの会社も伊那食品さんのような「いい会社」を目指そうということになった。
会社目標も「みんなでしあわせになろうよ!」とし、「明るく、楽しく、健康的で、ピカピカの職場を目指そう!」をモットーとした。
また、それまで他人に任せていた採用を私が全て担当することにした。
採用に際しての採用文には、会社の理念、社員に関する考え方。この会社の将来の夢、ビジョン等を掲げた。
無料の求人サイトにもかかわらず、私の採用文を読み、当社のホームページで私のブログ、そして出版本を読んだという人が結構応募してきた。その中から或いは他の関係からも候補者が集まり、この2年半余りで合計8名の新人が入って来た。
会社の新方針発表後、派遣の人とか、契約社員の人とか、あまり会社で人間関係を作りたくない人5,6人が辞めたこともあったが、従業員約40名中、8名の新人が入ったことになる。
ここで、新人の教育が問題となる。

私は、入社したての新人と比較的若い層の人達に声を掛け、毎日会社が終わる5時15分から45分の間の30分間、「社内勉強会」を開催し始めた。
自分の社員は自分が教育する。
今迄は、外部に頼っていたが、ダメモトでいいから自分でやってみることにした。
これは教育…と云うよりも、私の考え方をシッカリ頭に入れてもらうことを主とした。
当社は、特に「セルコ」の社名の由来である「セルフ・コントロール」=「自ら考えて自ら実行する」という、根本理念があるため、もし入って来たばかりの人に何も教育せずに自由に仕事をさせると、飛んでもない方向へ向かってしまうことがあるため、初めにきちっとした考え方を心に刻み込む必要がある。
最初は15名ほどの参加者であったが、自由参加で毎日、しかも原則残業が付かないため、徐々に減り始め、最終的には数名になった。
しかし、私は私が会社にいる日は一日も欠かさず毎日やり続け、現在に至っている。
そこに残った数名が、今会社の第一線で活躍している。
今現在も新しい社員が3,4名いるが、この人達がこの勉強をより長く続ければ、次のセルコを担う人財になることと確信している。
私が教えるのは、主に「人間としての生き方・考え方」、「常に前向き、プラス発想、積極的になれるような精神基盤の構築」であり、それらに関する本や、YouTube、私の体験から来る話等で学ぶ。

たまたま、先般、人間関係の勉強をしていたら、教材に「X理論、Y理論」、「PM論」、「マズローの法則」というような昔懐かしい言葉がずらっと出てきた。
このX理論、Y理論というのは、私の大学の卒業論文の題名になった、アメリカのダグラス・マグレガー氏が唱えた人間関係論である。
X理論は、「人間とは本来怠け者であり、しっかり監視し、指示・命令し、目を離さないようにする必要があり、アメとムチを使い上手く使うことが必要である」という性悪説に基づく理論であり、Y理論は「人は本来、自ら進んで仕事を達成しようとするものであり、出来るだけ自由に動けるようにしてやることが必要である」という性善説に基づく理論である。
私の卒論の結論としては、一応、出来ればY理論に基づいた人間尊重の管理をすべきだ…と云うような曖昧な結論しか出せなかったが、これらの命題は結局私の生涯の研究テーマとなった。
PM論は、昔セルコの研修会で勉強した管理者理論であり、ラージPはパフォーマンス(指導力)が強いタイプの管理者、スモールpは指導力が弱い管理者、ラージMはメンテナンス力(優しさ)がある管理者。スモールmはそのメンテナンス力が弱い管理者。これは最終的にはラージPとラージMが双方とも強い管理者が良いということ。

マズローの人間の欲求の5段階については、未だにあちこちで出てくるので皆さんもご存知の方が多いかと思うが、要するに人間は、低次な欲求=生理的欲求とか安全性の欲求を満たされると次の欲求=社会的欲求とか、調和の欲求を求めるようになり、そして最終的には「自己実現の欲求」に向かうということ。
これら「人間関係論」というものは、よくよく見てみると、全て繋がっている。

そして私の生涯を掛けた追求の結果はというと・・・・

人は、その時の成長度合い、その時の環境、その時の状態等でそれぞれ異なっており、一概に、あの人はX人間だ、この人はY人間だ、あの人はPM管理者だ…と云うような竹で割ったような言い方はなかなか出来ない。
誰もX理論だけの人はいないし、Y理論のみで生きている人もいない。
しかし、X理論寄りの人がいたり、Y理論寄りの人はいる。
必要なことは、そこに「人は、成長するもの」という人間の本質を信じることが必要であるということだ。

管理者のPM論は更に難しい。
それは全人格的なある程度の域に達しない限り、人が人を管理することはなかなか難しい。
私は人が人を本当に管理することなど出来ない…と思っており、当社は一般的な管理者という概念を取り払った。
組織はフラット組織にし、実際にモノを造ったり、運んだり、検査をしたりする各末端担当者が最も動き易くなるように配慮した。
管理者はサポーター役にまわり、各担当のスキル不足、知識不足を補い、大きく困難な問題には対処すべく動く。社長はスーパーサポーターであり、特に当社の社長はこの会社のあらゆる製造、技術に通じており、一次は「引っ張りダコ」状態になってしまったこともあった。
しかし、それを何回も重ねることによって、従業員と社長との距離が縮まり、お互いの信頼関係が徐々に培われて行く。

マズローの説は正しいと思う。
当社は私が社長になってからの14,5年間は、とても高次元の欲求を語るような状態ではなかった。昇給無しの年も結構続いたし、賞与なしも何回もあり、低次元の欲求が満たされていなかったのだ。
しかし、ここ4,5年はほぼ安定状態が続き、2年ほど前からの「みんなでしあわせになろうよ!」の目標の下、家族宣言をし、一人として会社を辞める人があってはならない…という方向付けが、ほぼ確立されつつあるように思う。
従業員と経営者…一見、全く違う人間、全く違う人種、と思っている人が大半かと思うが、私は本質的にこの両者はあまり変わりがないと思っている。
例えば、半田作業をやれと言われても私には出来ないが、一般作業員は問題なくできるし、巻線をと言われても私は巻けない。能力的に云えば、わたしより一般作業員の方が優れている。
社長と従業員は役割が違うだけだ。
社長だからと偉ぶる存在でもないし、従業員だからとへりくだる必要もない。
ただ、先輩とか年上とか多少の気は使う必要はあるかと思うが、技術的、業務的には全く対等の人間だ。
ただ、私は社長と従業員では、「意識の差」=会社の責任を負っているという自負の差は、とてつもなく大きいと思う
逆に、従業員で「自分がこの会社を背負って立つ」という意識を持った人がいたら、それは、経営者と殆ど変わらないということになる。
これは、私自身が、この会社に平社員で入り、その後、課長、部長、取締役と職階は上がったが、私はどの役職の時でも、常に経営者感覚で仕事をしており、最終的には社長になってしまったという経験がそんなことを言わせている。

そんなことで、この2年間程で、この会社が変わり始めた。
前述のように、2年半~2年位前に入った社員が、既に第一線で活躍しており、生産管理に至っては、女性社員三人がそれぞれの得意先担当を決め、受注から納品までを全て自分の責任でやり通す…というシステムをほぼ完璧にこなしている。
それと、毎朝全員で庭の掃除をし、ラジオ体操をやってから朝礼をしているが、庭も花を植えたり、整備したりで大分綺麗になると同時に、それぞれの人達の顔が明るくなってきた。

いい会社」になるのは、もうすぐ目の前だ!

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シン・ニホン・・・その4(完)

日本の本来の勝ち筋
この国は妄想では負けない
AI-ready化と共に多様な人々の創造力がSociety5.0を作りだす。ここで大切になるのが妄想力だ。日本は3歳位からこの妄想力を半ば英才教育している珍しい国だ。
攻殻機動隊、鉄腕アトム、ドラえもんの登場人物等々、これらはフェーズ②、フェーズ3そのものだ
「この国はスクラップ&ビルドでのし上がって来た。今度も立ち上がれる」
…これは映画「シン・ゴジラ」の中の内閣官房長官代理の言葉であるが、正にその通りである。

日本の4つの勝ちパターン
全てをご破算にして明るくやり直す

1つ目は綺麗さっぱり全てを水に流してやり直す
伊勢神宮の20年毎の式年遷宮のやり方。
或いは明治維新、戦後の日本。
やると決めたらとことんやるという日本人の特徴。
圧倒的なスペードで追いつき一気に変える。

2つ目は「スピード」
この国は何かやり始めるとあっという間に追いつき、追い越して世界のトップレベルまで行く力がある
かつての最先端学問だった仏教は、空海は数ヶ月の留学で奥義を習得し、一気に最先端の仏教哲学に到達し、日本に広めた。
空海は、当時世界一だった唐から、土木・建築まで含む、正に密教以外の最新の文化系を半ば丸ごと持ち帰り、日本は文化的に一気に追いついた
湯川秀樹は、誕生間もない量子力学、相対性理論から、1934年にノーベル物理学賞を受賞した。
戦後、QCをさらに発展させTQCに刷新して世界トップクラスのモノ造り精度を産み出したのも驚異的な事であった。 チェーンストアという概念を1970年代に輸入(ジャスコ1970年、セブンイレブン1974年)し、それから10年も経たずして、本家をしのぐ仕組みを作り上げた
これらの事例のように、ちょっと考えられない速度で追いつくというのは日本のお家芸だ。
また様々な概念の受け皿である日本語はそもそも、漢字、仮名、カタカナ、アルファベット、アラビア数字、サンスクリット・・・とどんな外来概念でも飲み込める言語体系と文化の柔軟性が際立っている。
この強みを活かし、何かを仕掛ける時にはキャッチアップしつつ、既存の仕組みの手直しではなく、作り直す、新たに創るつもりで進めて行くことが大切だ。

若い人を信じ、託し、応援する。
3つ目は、日本は本当に困った時に、若い人の才能を信じ、託す力だ。
明治維新、江戸開城の際、幕府、新政府軍のそれぞれの代表に立ったのは勝海舟(45歳)、西郷隆盛(40歳)だった。
米国、欧州諸国に派遣された岩倉具視は46歳、同伴しその後近代日本を作り上げる大久保利通41歳、木戸考允38歳、伊藤博文30歳ソニーの創立者、井深大30代、盛田昭夫20代
このような未知なる変化の時には、この若い人達に夢を託すのは日本の伝統なのだ。

不揃いな木を組み、強いものを作る
4つ目は、欲しいモノが無くても、不揃いの良さを活かし、それを組み上げ、全体として美しいモノを作り上げる力だ。
法隆寺専属の宮大工、小川光夫氏は言う。
「薬師神の東塔に入ったら、ほんま、不揃いな木ばっかりだ。それでも力強いんだなあ。あれも不揃いの良さや、外側はちゃんと揃っているが、裏では不揃いが総持ちで支えているっていうのは、やはり最高のものだろうな」
東大の藤本隆宏教授が指摘してきた日本のモノ造りの強さ、「すり合わせ」は千年以上続く伝授なのだ。鈴木大拙氏が看破したとおり、日本人はアシンメトリーから美を産み出す世界的に稀な力を伝統的に持っている
もこの不揃いを組合せて美を産み出す日本の力であり、バランス感覚である。

これらの素材の癖や特徴を活かしながらも大きな何かを作り上げる力は、当然モノ造りだけではなく、組織や事業の仕組みを産み出す時にも活かされる
この究極の組み合わせ力、それを活かした「総持ち(みんなで支えること)」を作ることが出来るのは日本の素晴らしい強さだ。

この4つの「日本の力」を考えれば、今の複合的なゲームに入る局面での日本のチャンスがかなりリアルに浮かぶのではなかろうか?

戦後の勝因に対する誤解
良く霞が関や経済紙で言われる話
1、丁寧さ、これまで培った技術が勝負
2、既存のモノ造りを磨き込めば勝てる
3、日本で生まれる課題を解決すれば反映できる
4、大企業を励ませば新しいゲームでも仕掛けられる
5、シニアな経験者が腕まくりをすれば逆転できる。
ホンダの入交昭一郎氏は、当時車のマスキー法を世界で初めて満たすCVCCエンジンを発表した人で、通常トップエンジニアでも一生に一つか二つ作るかどうかと言われるエンジンを何と20も開発した伝説のエンジニアだ。
当時日本の車の技術は米国から10~15年遅れており、FORDから研究用に送られてきた車を見て「いつになったら俺たちの国はこんな車を作れるようになるんだ」と、モノ造りの差を感じたという。
そう、我々日本は、戦後の復興において、これまでの技術や既存のモノ造りの延長で勝ったのではなく、「どこよりも早い技術の展開(Deploy)と、革新のスピード」であり、モノでは負けても「技術革新でゲームを変える」ということだ。
ホンダの世界的ブランドは、世界的な課題の解決から生み出されたのであり、日本だけの課題解決を目的にしたわけではない。
また当時の日本は、四日市ぜんそく、水俣病、イタイイタイ病などの公害だらけで、少し前の中国のような状態だった。
「国内に閉じこまらず、世界的なスケールで何かをアップデートすることで冨が生まれる」
「課題先進国」という言葉も残念な言葉だ。
これの本来の意味は、「世界で最初に日本で顕在化する問題を、世界に先んじて自力で解決する力が必要だ」という課題解決先進国の事を言っており、日本だけの課題を解決してもしょうがない。
また「巨大企業が産業を生み出す」、「シニアな経験者が腕まくりをすれば勝てる」というのも起こったことは大きく違う。実際にはソニーにしてもホンダ、ワコールなどにしても「若い才能が挑戦するところから産業が生まれる」ことが繰り返されたのだ。
なお、以上の話は、米国の現在の大企業群GAFAがAT&T,IBM,GEなどから生まれた訳ではないという前述の話と呼応する。
オールドエコノミーの大企業に、革新の戦闘や、未来を産み出す主力を担ってもらうという発想は捨てたほうがいい。
彼等が集中すべきことは、まとまった経営資源を活用することで刷新して生き延びることであり、不連続な変革の旗手になることではない。大企業頼みの発想を霞が関、大手町で繰り返し聞くのでここでクギを刺しておきたい。 既存の不大企業は逆に、このように果敢に挑戦するスタートアップに対し、ベンチャーキャピタル的な役割をより積極的に担うべきだ
昔で言えば、三井物産の子会社であったトヨタ自動織機のそのまた子会社がトヨタであリ、古河電気工業と独シーメンスの子会社であった富士電機の子会社が富士通
このように日本で生まれた成功の方程式や、戦後の勝因は都合よく捻じ曲げられて喧伝(けんでん)されていることが多い。何事も鵜呑みにせず、自分の目で確かめることが大事
もう一度ゲームチェンジを仕掛けよう

実際、戦後の日本の復興において輝かしい足跡を残したのは、正に夢を描き、課題解決先進国として未来を形にする試みだった。
戦前戦後、カメラのレンズと云えばドイツのカールツァイスだった。その技術をアサヒペンタックス、ニコンFの登場に伴い、追いつき追い越せで1971年、ニコンFの誕生は、絶対的な信頼性を要求されるアポロ15号にも搭載されるようになった。
もはや、世界の光学機器は、日本のメーカーが殆ど。「シンプルで壊れにくく、高画質のカメラをより多くの人の手に」・・・この思いが20世紀後半以降の写真の時代を産み出したのだ。
時計も同様だ。
1970年代前半までは、スイスを中心とする機械式時計が世界を席巻していた。セイコーが1969年、世界初のクォーツ腕時計「アストロン」を産み出し、1970年代にさらに特許を開放した結果、世界が変わった。
オーディオビジュアル機器も同じだ。
エジソンから始まった蓄音機、真空管ラジオ、ブラウン管、リールテープ、これらは日本で生まれたものではない。しかし、真空管の10万倍もの寿命を持つトランジスタ、持ちやすさとデザインの洗練度を桁違いに上げたラジオを産み出し、トリニトロン管によって圧倒的な画像を家庭に届け、カセットテープによって誰もが録音できる世界を創り出したのは日本だ。更にウォークマン、CDを産み出したソニーが「世界のソニー」といわれた所以だ。
前述の車の領域も、高速・安定を誇るドイツ車、大型・ハイパワーを誇る米国社を、低公害、低燃費、高耐久、コンパクトという独創的な切り口で日本車は世界の標準車の一つを築いた。
戦後だけではない。
平安時代に発し、禅宗の教えと共鳴・融合する中で発展し、16世紀利休らの茶の湯の中で理論化した”詫び、寂び“自体が、正に新しい価値観と世界観の創造であった。150年前の明治維新もそうだ。
総じていえることは、このような刷新、0to1が価値創造の中心になる世界においては、単なる技術獲得だけではなく、夢を描く力、すなわち妄想力と、それを形にする力としての技術とデザイン力がカギだということだ。再び、このワイルドに未来を仕掛ける底力を発揮する時が来ている

日本の問題点
1、圧倒的に足りない科学技術予算
トランプ大統領が大統領になった時、アメリカはかなり膨大な科学技術の研究費が削減されるのではないか?とひやひやしたが、結果的にトランプ大統領は、2018年度、歴史的な予算増額を行った。中国に負けたくないという意識が働いたのではないか?と言われている。
一方中国は、人工知能開発に3年で1.6兆円、次世代移動通信に5兆円投資するとのこと。
ところで日本のR&D投資は…と云うと、何と2008年に中国に並ばれ抜き去られた。それから今日に至るまでGDP比で殆ど変わってなく、日米の差は3.8倍、日中2.3倍の差がついてしまっている
科学技術予算は、入れば入っただけ、論文数、すなわち競争力につながることが分っている。
日本の学術研究の中心である東大、京大の予算と米国を代表する大学と比べると、3~5倍の予算の開きがある。更に日本側のこの予算に占める人件費率はさらに低い。
日本の大学教員の給与は30年以上ほとんど上がっていない。
国としてのP/L
2016年の予算(兆円)総予算
          収入     支出      不足
社会保険料    66.3   118.3   45.4
運用収入      6.6
税外収入      4.7
税収       57.6
借金(国債)   34.4
  計     169.6
支出:118.3   不足45.4

この社会保険料の内訳
年 金  約60兆円
医療費  約40兆円・・・60%が65歳以上

我が国の予算の多くがシニアと過去に使われていることになっており、未来のためのお金になっていない

日本の生産性が上がらない理由
①ニューエコノミー創造のフェーズ1型の企業を産み出せなかったこと
②オールドエコノミー側の刷新が遅れていること
③膨大な数の中小企業を束ね生産性を上げられなかったこと

財務省の予想では、2025年の社会保障費は150兆円に達し、過去の20年と同じようにGDPが増えず、税収も増えない。この不足分は国債で賄うしかない。
ハイパーインフレーションの恐れもある(日本は1946年から1949年に数百倍のインフレに陥った過去がある

数%で未来は変わる
①国家基金・・・財産をどう運用するか
②研究者の待遇改善…先生方の給与を一気一律に世界標準にする=2000億円
③博士号取得(PHD)学生の学費+400万円(米国並)で仮に一人500万円で3750億円
④初等・中等教育のAI-ready化…年間4500億円
⑤大学・国研の交付金・・・削られている交付金を10年前のレベルに戻す。約3000億円
⑥業務改善 ICT(情報通信技術)を合わせたBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング=業務改革)、CPR(Core-Process Redesign=業務の無駄どり)的な業務改善を一気に行う。スタッフの増員等、約1000億円
⑦科学技術予算の補正・・・国力に見合った規模にするには約5000育円
⑧大学生の学費と生活費補助
 国立大学の学生約10万人の4割の学費と生活費、3割にその半分のサポートで2200億円
 以上合わせて、2兆円超、社会保障給付金120兆円の2%以下


Life as Valueの時代
社会の極相林化の実現…「極相林」とは、様々な多様性を保った状態で安定的な状況に入った森の事を言う生態学の言葉
生産年齢を現在の15歳から65歳未満を20歳以上から90歳未満位に変える必要がある。自分の体力に合わせ週1日でも2日でも、1日1時間でも2時間でも良い。
これからは「時間を売る時代」ではなく「アウトプット=仕事の成果」を売る時代となる
みんなが自分のペースで社会に役立てる時代
①年齢、性別による雇用差別の禁止
②老人、女性の活躍を生涯サポートする仕組みとテクノロジーを産み出す。様々な工夫をする
生まれた時から年金を積み立て、運用する仕組みを構築する➡現在は、年金を受け取る世代に、現在の働く世代がリアルタイムに渡されるアンフェアな仕組み
④技術の力で身体の不具合を治す試みを更に進める
⑤尊厳死を認める
総じていえば、人生の長さと社会保障システムの前提が変わってしまったのだから、国というコミュニティ全体で補正しようということだ
「国が国民の全ての生活部面について、社会福祉、社会保険及び公衆衛生の向上及び増進に勤めなければならない」のは当然だ。但し現実的な財布の範囲の中でのことだ。
国もマネジメントなのだから、未来を犠牲にしてまで、現状を微塵も変えてはいけないという解釈は明らかにおかしい
国として「生み出す富を継続的に増やしていかねばならないのに、それをやってないということだからだ。未来と目先をバランスさせるのがあらゆるマネジメントの基本だ。

未来のための原資を作り出す私案
①コストカット。しかし国として必要な投資は行い、システムとして一時的ではなく継続的に発展するのを最大の目的にする必要がある
②項目として丸ごと落とすのではなく、本物の無駄取り、効率化を目指す
③公務員だから削れないということではなく、必要な所には金を出すことが肝心
例えば、認知症患者の入院日数は、米国が平均6日、デンマークが8日、スェーデンが13日、オランダ19日に対し日本はアルツハイマー病で252日、血管性で350日と極端に長い。=人為的なモノと考えられる
また、抗生物質の乱用により生まれる耐性菌は、今後、癌や心臓疾患を抜いて人類の最大の死亡原因になると云われている。日本は、不必要な抗生物質の投与が多く米国の2倍となっている
④松竹梅の視点を様々なモノに導入する
大学病院と街のクリニックの診察料に差をつける等
⑤自動化できるものは片っ端から自動化する
データ×AIのもう一つの出番
例えば、抗生物質の投与に関して自動でガイダンスすれば、不適切な処方は無くなる。その他、手がかかっているモノで自動化できそうなものはそれを自動化し、展開する
⑥煩雑なプロセスを見直し、コアプロセスを再整理する
重複は削り、手戻りはゼロに近づける
⑦医療は治療・ケア以前に出来るだけ予防する
シニア層においては、病気や故障は予測し早めに手を打つ=未病管理
⑧都市以外、特に過疎地域におけるインフラコストを劇的に下げる

<マネジメントの4つの塊>
①あるべき姿を見極め、設定する
②いい仕事をする
③いい人を採って、いい人を育て、維持する
④以上の実現のためにリソースを適切に配分し適用する

不確実な未来にいかに対処するか
ダーウィンが言ったように、生き残るのは最も強い種ではなく、最も変化に対応できる種だ。そして一番いいのは、未来を自ら生み出すことだ。振り回される位なら振り回した方が楽しいに決まっている
不確実性の4つのレベル
1、確実に見通せる未来…春が来て夏が来る。日本の当面の人口減のようなもの
2、他の可能性もある未来
米国と中国のように相手がどう出るかによって変わるようなケース
3、可能性の範囲が見えている未来…大まかな見通ししか立てられないようなモノ、新規商材の導入時、初めて参入する市場に何か持ち込む場合、技術イノベーションによって左右されることの多い分野
4、全く読めない分野…様々な不確実性が相互に作用する世界。変化が激しく捉えどころのない世界

イニシアチブ・ポートフォリオという考え方
①形成…自ら未来を創る
②適応…未来に適応する
③プレー権を確保する

人口減少は悪いことか?
①人口減少局面では経済が縮小する可能性が高い
②経済規模が小さくなると国債が返済できなくなる
③これ以上シニア対ヤングの比率がシニア寄りになると社会保障の枠組みでシニアを支える力が無くなる
④このままでは人口が消滅する
これは人口増以外で経済規模を生み出す方法がないという前提で議論が行われている。また③はシニア層の定義が変らなない前提の話だ。
日本の生産性は相当に伸びしろがある。当面の人口減は生産性が他のG7並みに到達するだけで解決する部分が大きい
人口400万人のシンガポールの過去20年の経済成長を見ても明らかだ

ブレードランナーと風の谷
映画ブレードランナーは、未来のハイパー都市、セントリックな未来の舞台。人造人間と人間の相克を描いたSFの名作。
この映画の中では高層ビル群が立ち並んだ人口過密の大都市以外は捨てられ、人の住めない土地になっている。
「風の谷のナウシカ」は宮崎駿監督の歴史的な作品。
風の谷は、殆どの空間が巨大な菌類に覆われた”腐海“という、人間や大半の生命体にとっては毒まみれで極めて危険な空間になった未来が描かれている。”腐海“にはその毒性に堪え得る巨大な蟲たちが繁栄していて、人は”腐海“に覆われていない限られた空間に暮らしている。
この物語は、人類が発達しすぎて、バイオテクノロジーとロボティクスを組合せたような破壊的な兵器、巨神兵が世界の殆どを焼き尽くし、それから1000年位経った後の話だ。
結局著者は、今後世界は都会集中型になり、行き着くところは「ブレードランナー」の世界である。しかし、この徐々に人が減って行く限界集落を何とか救い維持して行く必要があるが、これを、この「風の谷のナウシカ」のような自然との共生をしながら最新テクロロジーを使うような理想の世界を目指すべきだ…と云う結論だ


<感想>
日本がこれほどこの『科学技術分野』で後れをとっているということは、全く知らなかった。
著者は、明治維新や終戦後の日本の復興・復活を例えてどうにかなると云ってはいるが、この遅れは、今の日本の状態(コロナ対策等)を見ると、かなり難しい。
かく云う私としては、後にも先にも「モノ造り」しかなく、このようなAIの時代に突入した今、この「モノ造り力」の出番はどこにあるか考えた。
そして最終的に行き着くところは、逆にこの「モノ造り力」ではないか?という考えを持つに至った。
自動運転にしても、遠隔治療にしても、最終的に求められるのは、「間違いのない精度」であり「全て均一で、高性能」、そして「故障したり壊れたりしない」完成された製品ということである。以前の「メイドイン・ジャパン」の更に突き詰めた技術、管理力…と云うことになるか?と思う。
これが出来るのは、世界の中で恐らく日本の中小零細企業しかないと考えている。
ただ、今の中小零細製造業のままでは、全く歯が立つものではない。
我々中小零細が、持てる特殊にして固有の確実で間違いに無い技術を、いかに自動化、システム化迄持って行けるか?にかかっていると考える。
そのためには、今持てる力を更にブラッシュアップし、同時に様々な戦略を考えることが必要となる。
このことに付いて私はこれから一冊の本を書こうと思っている。
昨年からセルコ50年を記念して本を書いていたのだが、この本もかなり書き進んできて、今現在の時点までは来ているが、これは私がセルコを完全に辞めるまで書き続けることにした。
今この時点で必要なことは、日本再生への「モノ造り」の立場から見た視点であると思う。乞うご期待!

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シン・ニホン・・・その3

日本に希望は無いのか?

確かに日本はイケてない。技術革新の新しい波は引き起こせず、乗ることすらできなかった。企業価値レベルは中韓にも大敗。大学も負け、人も作れず、データ×AIの視点での三大基本要素のいずれも勝負になっていない。
戦後の高度成長期から今までで最も残念な20年だったと云える。

産業革命における日本を振り返る
第一のフェーズ:電気の発見や蒸気機関車などが生まれてきた100年間。日本は江戸時代末期で鎖国時代、黒船がやってきてびっくりした時代。
第二のフェーズ:これらの技術がエンジンやモーターに応用され、車や家電が続々と生まれた。
第三のフェーズ:これらの新しい技術が更に機械や産業と繋がり、航空システムやより複雑な生態系というべきモノが次々と生まれた時代。通信回線、通信技術、端末が繋がり合うインターネットもこの段階で生まれている。
このように見ると、日本としてはフェーズ1は経験したことが無く、フェーズ2とフェーズ3の勝者であった。 今、確かにデータ×AI化の世界では日本は大幅に遅れを取ってしまったが、この新しいゲームのフェーズ1は既に終わりに近づいている。
このデータ×AIのインターネット業界を見てみると・・・・
Amazon、Yahoo創業から24年、日本のヤフー、楽天が生まれて20年以上、これらの取り組みの中で生まれた大量なデータトラフィックをリアルタイムでさばくデータエンジニアリング技術は相当に広まり、自然言語処理技術や機械学習技術は空気のように使われており、今や一般の人ですらディープラーニングを口にし始めていることから、この世界のフェーズ1が終わりに近づいていることを示している。

これからどうなるのか?
前述の例に見るように、産業革命同様にフェーズ2、フェーズ3が来ることはほぼ間違いがない。
すなわち、これからフェーズ1で生み出された技術が、あらゆる分野、空間、機能に広まって行く。全ての空間、機能、サービスが半ば感覚を持ち、スマート化するようになる。何でもセンシングされるようになり、それに基づいて色々なモノが見えないところで最適化される。正にフェーズ2だ。

これからはあらゆるものがデータ×AI化して行く
更にこれらのスマート化されたモノやサービスはことごとく繋がり合って行く。この新しいエコシステムはリアル空間に重なり合い、インテリジェンスネットというものが、様々なレイヤ(層)や目的ごとに重なり合って行くだろう。リアルな空間ではないので何層でも重なり合うことが可能だ。
あらゆるものや産業が繋がり合う。食もモニター可能となり、例えば身体の内部の様子も可視化されるようになる。

AI化には入り口と出口がある
問題解決のフロー
入口(入力)…情報の仕分け
位置情報、音声(指示)、ジェスチャー、周囲の画像、加速度等々
様々な情報から活動のコンテキストと必要な指示・活動を理解する。(文脈・意図の理解)
出口(出力)…実際の産業の用途
健康=診断、学習=トレーニング最適化、住居=デザイン、設計、車=自動運転、事故防止等々
個別課題で実際の課題解決を行う

現在起きている変化の殆どが、入り口側の変化であり、扱う対象がデジタル情報であるデジタルマーケティング分野か決済領域に集中している。
ただ産業は、それが生み出す付加価値から見て分かる通り、9割方出口側に存在している。
ここが一気にデジタル化、スマート化しようとしているのが我々の置かれている局面だ。応用のフェーズはこれから始まる
これが正に、前述のフェーズ2、フェーズ3だということだ
入り口側の機能は業界横断型、すなわち水平的であるが、出口側は業界、もしくは機能に特化しているという意味で垂直的と云える。
垂直領域は深いドメイン知識(その領域に関する専門知識、知見)に基づく作り込みと、汎用性だけでないセミカスタム力がカギになる。日本の持ち味の一つである現場、顧客に寄りそう力が生きる時でもある
また出口側で何らかのAI的なソリューションを産み出そうとすると、AIの定義式からもわかる通り、正にその出口特有のデータが必要になる。
この出口産業ということになると、日本はほぼすべてのオールドエコノミーをフルセットで、世界レベルで持つ数少ない国の一つだ
これほど出口系を抑えている国は米国、ドイツ位しかなく、これは主要大国の一つであることの強みだ。
日本には相当のプレゼンス領域があり、かなりのまとまったチャンスがある
この国の産業的に持っている技術的な強みは、車、家、重電、ファインケミカル、ロボット、鉄、建築、土木だけではなく、計算機化で世界の先頭を走っており、モバイルインターネットも日本から始まっている。
出口領域としては、ライフサイエンスとデータサイエンスの融合は急速に進み、生命科学は今でも世界トップ3(米英日)の一つだ。
中山伸弥先生、大村智先生、大隅良典先生、本庶佑先生と4人ものノーベル医学・生理学受賞者を産み出している。
またハードの世界でも、カーボンナノチューブ、原子レベルの撮影技術などは、日本は世界のトップレベルの基礎技術を持っている。

まず目指すべきはAI-readyな社会
この数年、国と財界はSociety5.0に取り組んでいるが、これはフェーズ2論そのものだ
これまで狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会と発展してきた人類が、今起きているデジタル革新の力と我々の妄想力を掛け合わせた向こうに未来、(価値)創造社会があるというのがSociety5.0の掲げる絵だ。

Society5.0における価値創造
デジタル革新 × 多様な人々の想像/創造力
“AI-ready化”     多様性の内包
成功のプラットフォームとしての日本


「単にデジタル化を行うわけではなく、我々の多様な創造力、妄想力をテコにこのデジタル革新の力で世の中をことごとく刷新し、新しい価値を生み出すべき」ということをここでは掲げている。

Al-ready化
その答えは“AI-ready化”だ。
2018年 内閣府「人間中心のAI社会原則検討会議」、経団連「未来社会協創TF」、「AI活用原則TF」の集中検討が行われたが、ここでのAIと言っているモノは全て”データ+AI“の意味合いで使われている。
著者はこのすべての委員会に出席したが、ここで分ってきたことは『AI戦略などを語る以前の課題が極めて深刻であり、そこがボトルネックになっている』ということだった。そのボトルネックを解決さえできれば、日本の底力からすると明るい未来は充分に招き得るという見立てだ

AI-readyな状態にするための10のポイント
(1)目的・目指す姿
ただ単に人間の仕事を機械に置き換えて行くという想像力のない利活用ではなく、夢を実現するためにAIとデータの力をどう融合させ、自動化できるものは当然し、これまではできなかった新しい価値を生み出しているか?このような志を持っているか?
(2)扱える人材
必要な理数・データ素養を持つ人が限られ、トップレベルの研究開発能力をもつ大学や企業の専門家がいないと何もできない状況ではなく、理文を問わず高等教育を受けたすべての人が理数・データ素養を基礎教養として使うことが出来ているか?最先端を行う人の層も十分に厚い状態か?ちょっとしたチューニングは、中高生が新しい技術・家庭や工業科のクラスで学ぶことが出来るか?工業科、高専、専門学校などで多くの人が理数・データ素養を学び、街の電気屋さんのようにそこら中に応用エンジニアリングがいる状態か?
大半の会社にアーキテクト的な人財がいてベンダーに丸投げすることなく、事業の刷新,創造、運営の要を狙っているのか?

(3)対象となる分野、領域
既存のICT的な業界だけではなく、全ての業界がデータ×AI化し、あらゆるところで恩恵を受けているか?旧来のICTプレーヤーからしかデータやAIを使う試みが出てこないのではなく、データやAIを使う新しい試みが社会のあらゆるところから雨後の筍のように日々生まれてくるのか?
(4)作り込みのあり方
データやAIの力を使いたい人や会社が、何もかも自力で造ったり、特定のベンダーに丸投げしたりしなければならないのではなく、様々なAIをマッシュアップ的に使えると共に、コアエンジンについては各ステークホルダーが自分たちなりの磨き込みで競い合えているか?
ある程度の技術的な知恵は、ブラックボックス化せずに共有され学び合う状況が産み出せているか?
(5)データの利活用状況
人間の活動や環境、リアル空間がデータ化されていないのではなく、ウェブもリアル空間も含めてことごとくデータ化しているか?もしくはいつでもデータ化できる状況にあるのか?大体のデータがリアルタイムに使うことが出来るか?情報基盤がベンダー依存でなく、きちんとセイブされているか?
(6)市民/利害関係者のリテラシー
プライバシーとか市民の無理解が邪魔をしているのか?逆にリテラシーが高い市民が多く、プライバシー課題も整理され、個人が便宜を受けつつ、データが提供される関係が成り立っているのか?それをきちっと世の中に説明できているのか?
大会社だけではなく、小さなスタートアップでも現実的な対応が出来るか?データやAIは繋ぎ込まないと価値を生みだせないことを正しく理解できるか?
(7)データ処理力
処理コストが米国の5倍以上を解決できるか?大量データ処理が国内で出来るか?AI技術を十分に使いこなせる状態になっているか?ユーザを守りつつ、API含め繋ぎ込む整備や安全な流通のシステムが構築出来ているか?
(8)革新の主体と推進状況
AI推進層と保守層が完全に分かれ、AI推進会社と、旧来の会社に分かれてしまっているのではなく、AI推進層があらゆる分野の刷新の中心かつリードになって分野、業界を超えた再編、革新が進んでいるのか?旧来派が規制と既得権益を超えた再編、革新が進んでいるか?
新しい取り組みを行う場合は、建物どころか街も、マネジメントのあり方、評価、給与システムも変えてしまった方が現実的だ。
(9)教育システム
旧態依然の人材育成モデルではなく、理数・デザイン×AI、デザイン素養をベースに持つ境界・応用型の人材育成モデルになっているか?
学部学科制で才能の選抜、育成を行うのではなく、専門分野を横断し、経験を柔軟にミックスすることが可能な人材育成システムとなっているか?
(10)社会全体としてのリソース投下
未来を信じず、社会福祉、これまで通りの社会インフラばかりに目を向けるのではなく、未来を信じ、米中に対応し得る国力に見合ったレベルで、十二分にAI-readyになるようリソースを投下し続けているか?

以上、この革新期においては、新しい技術の利活用に対する心構え、人づくり、人の活用、データ環境の整備、市民の意識、データ処理能力に至るまで質的に刷新して行く必要がある。
国・企業レベルで言えばともかくにもまずは正しい市場に乗ることが大切だ。

AI-ready化された企業とは
これを企業や組織側にどのように適用し、どのような状況を目指していくべきかの目安についても、経団連AI活用戦略の中のAI-ready化ガイドラインで5段階に整理した。
レベル1
AI-ready化以前の状態。AI革新に着手してない。
レベル2
先端的な旧来の大企業のレベル/初期のネット系スタートアップのレベル
レベル3
中~大規模なインターネット企業の多く、AI×データの利活用に着手、取り組みは既存の人間の仕事を機械化することが大半。
レベル4
先端利活用企業。AI×データの力を使うことにより、コア事業でこれまで不可能だった夢や課題を解決している企業。未来を信じ、AI-readyになるまでリソースを投下し続けている。
レベル5
Alibaba group,Alphabet,Amazonなど、全ての事業、機能がデータ×AI化し、業界そのものの本質的な刷新を心がけ、変容を引き起こしている。国内外の競争に対抗できるレベルでAI-ready化に向けて資源を投下できている。
新しい試みが、あらゆるところから日々沸き起こってきており、常に世界の最先端をリードしている。

2019年2月の状態では、日本の企業は大半が「レベル1であり、その後1年経っても、未だに未着手の企業が多い。

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シン・ニホン・・・その2

「第二の黒船」にどう挑むかー日本の現状と勝ち組

1人負けを続けた15年間
1、世界の企業ランキング・・・平成初期には上位の多くが日本企業は、現在では中国はおろか韓国にも大敗している。
日本企業は今でもスケールゲームにいそしみ、新しい技術をテコとした刷新、産業の創出に出遅れている事、仮に取り組んでいたとしても市場に上手く伝わってないことを指している。

2、GDP・・・世界的にアップグレードしている中、日本だけが伸ばせないという衝撃的な状態が25年くらい続いている。特に最近のトレンドが良くない。人口が日本の2/3のドイツに並ばれかねない状況。生産性が2/3になるという言うことでG7国としても由々しき状況。

3、一人当たりのGDP・・・30位で1960年頃の水準に戻っている。30年前は主要国の中では1位であった。

4、一人当たりの生産性・・・長らく全く伸びていない=半ば1人負け状態。バブルのせいではない。GDPが伸びないのは、人口問題以前に「生産性」が伸びていないからだ。

バブル以降15年余り、世界では一気に生産性が高まって来たが、日本だけが大きく伸ばせ無かったということだ。
我が国は半ば1人負け、もしくはゲームが始まったことに気付いていないと言っても良い状況にある。

5、産業別労働生産性

他国の生産性は、日本と比べてコマース分野などは2倍以上、今極めて大切な情報通信分野も3倍前後、農林水産分野に至っては米国が40倍以上、人口密度で比較的近い、ドイツ、英国、フランスも10倍以上と極端な開きがある。
日本の大半の産業は、やるべきことをやってないだけで、未だ着手出来ていない宿題が沢山あり、伸びしろだらけの国ということだ。

6、産業別のGDP比率
日本はインターネット、モバイル、クラウド等ICT(Information and Communication Technonogy=情報通信技術)で負けたんだ)という声が随分上がるが、日本と米国の600以上の項目をフェアに比較してみたが、ICTと呼ばれる産業セクタがGDPに締める割合は、日米でほぼ同じという意外な結果が出た。

7、産業別のGDP成長率(単位:日本=兆円、米国=10億ドル、日本:1995年~2015年、米国:1997年~2014年)

*米国のその他は不動産賃貸:70、金融・保険:45、医療・社会援助:39、専門的・科学的サービス:24、事務・廃棄物管理サービス:22、宿泊・飲食サービス:11、その他:71
この二つの比較からも、ICT分野以前に、先の指摘した通り、日本の大半の産業はやるべき宿題をやっていないだけで,厖大な伸びしろがあることが分る。

埋もれたままの三つの才能と情熱

1、2人以上世帯の貯蓄状況の推移
2017年段階で単身を除く世帯のほぼ3世帯に1つ(31%)が貯蓄(金融資産)を持っていない。
1963年(日本の発展途上期)の22%よりもはるかに高い、1950年代の戦後間もない頃の水準。
約30年前までは、ずっと1桁代、1987年は3%で実質ゼロに近い水準。
いかに、貧困層の拡大が起きてきているかが分る。

2、主要国最低賃金
①ドイツ、②フランス、③英国、④カナダ、⑤韓国、⑥日本、⑦米国
日本は、カナダ、韓国にも抜かれた。
このままの状態が続くと、2035年には貯蓄を持たない世帯が50%を超え、見事な途上国(或いは貧困国)状態に陥る。
「この状態は、少なくとも3分の1近い才能と情熱が単なる環境要因によってきちんと発揮される機会がなく、埋もれている」可能性が高い。

3、国別男女別 労働時間内訳
「家事・育児」と「給与労働」の時間を国別男女別に比べた表で男性の「家事、育児」の時間は41分/日で11ヶ国中、最も少ない。
女性の「給与時間」は、272分/日で、こちらは他の国とほぼ同じ水準。
また、男女共に労働時間の一番短いイタリアと比べると倍以上働いており、11ヶ国中、最も長い。ちなみにG7の中で、一人当たりのGDPはイタリアは半分の時間で日本の9割くらいであり、イタリアの人達の方が、人生としてみれば豊かなのだ。
日本の男性の労働時間はイタリアの2倍、ドイツの1.5倍、中国やインドと加良部手も一日当たり60分以上も給与労働時間が長い。
明らかに労働のしすぎ、言い換えると非効率なのだ
1900年代後半、米国ハーバードの女性入学者が半分以上を占めた。プリストン大学は2020年の女性比率は50.8%。
方や日本の東大の女性比率は2019年でも17.4%に過ぎない。

4、死亡年齢分布
平均寿命
男:81.25年  女:87.25年 最も死ぬ人の多い年齢では、男:88歳、女:92歳。日本は世界屈指の長寿国であり、「人生100年時代」を迎えている
しかし定年は65歳、つまり最も経験値を積んだ熟練労働者は能力と関係のない理由でいきなり退場させられる。 日本は、20歳から80歳まで範囲を広げるだけで、3割以上の経験豊かな労働力が増える。
人それぞれ、元気な人はトコトン働くことが健康年齢をアップさせることにもつながる。
<著者の解決策>
①採用の際に年齢性別を問わない。
②給与水準は、労働時間ではなく、産み出す価値ベースとする。
③週5日に捉われず、週1日でも2日でも、1日Ⅰ~2時間でもOK。
④入社直後だけでなく、担当や役割が変わる毎に、本人の意欲があり道理にかなっていれば、十二分なトレーニングを行いプロフェッショナルとして育成する。
⑤ダイナミックな配置転換。一つの会社に縛り付けず、違う会社間の移動を認める。
⑥生産性を下げる要因は徹底的に排除し快適な職場を目指す。

5、GDPに占める人材育成投資比率の国際比較(OJTを含まず)

最大のリソースである「人」に投資することなしに、どうやって未来を産み出すことが出来るだろうか?シニア層に限らず、あらゆる世代、属性の人に対して、人の育成、再生にまとまった伸びしろがあることは確かだ。

国力を支える科学技術の急激な衰退

1、主要国の論文数シェアの推移
2016年、中国は化学及び技術関連の論文数で米国を抜き去り、世界一になった。それに控え、日本はインドにも抜き去られた
15年ほど前、東京大学は世界の名だたる大学の次辺りに位置していたが、2019年夏現在、世界大学ランキングでアジア6位、世界42位となっている。

2、計算機科学分野で際立つ遅れ
物理分野では、東大は世界第8位に入っている。トップ10で、米国が7校入っている。
しかし、今の世の中を変えている分野のプレゼンスは驚くほど低く、計算科学分野を見ると東大135位、東北大180位という惨憺たる状態。1位は精華大学で、中国がトップ10に4校入っており、米国、シンガポール2校づつを抜いてダントツだ。
同ランキングで他の分野を見ると、化学=京大22位、生物/生物化学=東大32位、数学=東大32位、宇宙科学=東大21位であり、計算機科学に対する日本の力の入れようが低いのが良く分る。
何故、日本は「データ×AI分野」で立ち遅れたのか?
≪その理由≫
①様々な所から多様なビッグデータが取れ、色々な用途に使えること。
②圧倒的なデータ処理力を持っている事。データ処理力とは技術でありコスト競争力だ。
③これらの利活用の仕組みを作り、回す世界トップレベルの情報科学サイエンティスト、そしてデータエンジニアリングがいるということだ。
まず①のデータについて
スマホ上のインターネットの世界は大きなデータを生んでいる。しかし日本最大級のインターネット事業会社のヤフーは日本では最大級のインターネット事業会社であるが、米国Googleや中国Baiduは一桁多い10億人前後にサービスを提供している
コマースの場合、楽天は国内最大のプレーヤーだが、同じくAmazon,Alibabaグループと比べればやはり一桁少ない。 ソーシャルの場合、LINEは国内では断トツでも、WhatsAppやWeChatなどと比べれば一桁少ない
またこれ等以外の領域でデータを利活用しようとすると、この国ではUber,Aribnbのような個人資産を活用するタイプのシェアリングビジネスはことごとく制限がかかっている。
既存業態を保護する目的で、いまだに国内での圧倒的なユーザ指示が無視されている状態だ
2015年当たりに米国の大学生の間でデファクトとなったvenmoという送金・割り勘サービスも、銀行業法の壁に遮られた。
このように日本は、ユーザ保護ではなく、既存業態保護行政のために、幅広くデータの力を解き放つことが出来ていない。
自動走行車も、日本の道は狭い道が多く、且つ双方向可能な道路が多く、すれ違いが難しいような道路が多く、実際に走るとなると難しいし、ドローンも高層ビルの間に平屋の家が有ったりして、極めて飛ばしにくい。
このように日本はそもそもAIに適したまちづくりをしてないために、データ取り込みと保護規制が仮に問題無くなったとしても利活用の壁は高い。

次に②のデータの処理力について
日本の産業用電気代は、ヤフーの実績値で米国よりも5~10倍高い。更に中国は米国よりも格段に安いと言われており、日本と数十倍のコスト差がある可能性が高い。だから、膨大な情報処理が必要なビットコインのマイニングは大半が中国で行われるのだ
また、日本にはビッグデータ系でグローバルに使われるような「技術プラットフォーム」が無い
…と云うことで、日本はグローバルに戦えるような商業的技術基盤がないうえ、データ処理を行うためのコスト競争力がないという状況で、勝負になっていない。

③のエンジニア、専門家のこと
この国には、大量データを処理するデータエンジニアリングに熟達した人材が足りていない。
実際、ICT業界の海外の大手プラットフォーマ―からは、「もっともデータ×AI人材が手に入らない国」、「日本だけ基準を下げないと人が採れない」などと言われている。


3、理工系の学生の数
人材が少ない理由の一つに、日本では大学進学者のうち理工系(医学、薬学を除く)が2割しかいないことになる。その結果、韓国と比べても10万人以上も大卒者で理工系の人の数が少ない。ちなみに韓国の人口は日本の半分以下である。
韓国やドイツは技術立国という意識が強く、大卒の3分の2近くが理工系で、日本とは真逆。米国の3分の1、ポーランドやルーマニアなどの数学大国から比べると1桁少ない
また日本では、2017年にようやく一つデータサイエンスに関する学位取得プログラムが滋賀大学に出来、この1~2年で横浜大学他で急速に立ち上がりつつあるが、米国では同2017年には既に500以上のデータサイエンスに関する学位取得プログラムが立ち上がり、既に人財供給問題にはケリがついている。
データエンジニアリングの基礎と云うべき計算機科学についても、米国トップクラスでは半ば学ぶことが常識となりつつあるが、日本は東工大ですら定員が年間100名ほどに過ぎない。
このような状態では、「日本の若者達は持つべき武器を持たずに戦場に出ている」ようなものだ
米国や中国ではこういうテックギーク(ネットオタク)達がMBAやロースクール出身の連中と一緒になって数多くの世の中を変えるスタートアップを産み出している。
Yahooのジェリー・ヤン、Googleを産み出したラリー・ペイジ、Facebookのマーク・ザッカ―バーグ、Teslaのイーロン・マスク…皆テックギークだ。日本には現れない。
日本の500万~1000万人いる実験を握るミドル・マネジメント層は、残念ながら、このチャンスと聴き、現代の挑戦の幅と深さを理解していない人が大半だ
またこの層にこそ、ビジネス課題とサイエンス・エンジニアリングを繋ぐアーキテクト(計画立案者)的な人財が必要だが、殆どの会社で枯渇している。
逆にこの人達が、日本のあらゆる産業の刷新を止め、AIネイティブな世代を引き上げるでもなく、この国を更に衰退に繫いでしまう。
ジャマおじ」、「ジャマおば」だらけの社会になってしまっている。


現在の状況は黒船来航時と同じ状況に

以上見てきた通り、今の日本は、データ、利活用、処理力、人…いずれの視点でも勝負になっていない。これは1853年の黒船来航時の時の状況そのものであり、当時の旗本(今で言えば霞が関の局長のような人達)と思われる侍たちが、外国人が乗り込んでくる姿を唖然と見ているような光景だ。
10年ほど前、マッキンゼーの戦略研究グループが、主要企業3000社に「事業の成長を決める本当の要因は何か」という話であった。そこで選ばれた要因は4つ。
①戦略、②実行力、③リーダー、④市場 だった。
そしてこの検討の結果「事業の7割以上が単一のファクター=『市場』によって説明できる」というものだった。
すなわち、どれほど優れた戦略、偉大なリーダー、そして実行力があろうとも、市場を間違えると、どうしようもないということだ。時代に逆行したことをすれば、どんな偉大な企業も沈んでしまうということだ
逆に言えば、時代の潮流に乗れば、ほぼ確実に成長できるということだ。これは前述の世界企業ランキングを見れば一目瞭然だ。
孫正義氏が、いつも言われるように「どこの山に登るか」が大事だ。
これほど、データ×AI化、テクノロジーとデザイン力をテコにした事業や領域の刷新という強い変化が世界的に起きている現在、この流れに乗らない手はない。自分たちはちゃんと大きなトレンドに反した動きをしていないだろうか?正しいスピードで進んでいるだろうか?
国も事業も常にこれらを確認することが重要だ。
「これからも日本が、ある程度以上に豊かな国で居られるか」という問いについていえば、ほぼNOという答えがでてくる。ここまで見てきたとおりの現状で、このまま経済的な推進力を失ってしまえば、この国はそれ程遠くない未来に半ば中進国になることが見えているからだ。」

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