会長の部屋:トランジットも楽じゃーない-

私の場合は、いつも出来るだけ安いチケット・・・と言うことで苦労している。

今回のデルタ航空も、5月の時点で最も安いチケットであり、当然一回トランジットがあったが、次に安いチケットは途端に6~7万円違ってしまうため、必然的にこのチケットに決まった。
 それがアメリカのシアトルでトランジットしてバンクーバーへ行くという便であった。
 後で、分かったがシアトルとバンクーバーは目と鼻の先であり、途中中継で・・・と云ったようなイメージは無く、距離的に言えば、直接行った方が近いくらいであった。
 
 このシアトルトランジットが、大変なことになるというようなイメージはこの時点では殆ど無かった。
 1ケ月前に女房が足を折ったが、最終的には一緒に行こうということになり、ビジネスクラスにする必要があるかと思ってデルタ航空に尋ねてみると、車椅子の場合は色々と便宜を図ってもらえそうなため、そのままエコノミ―で行くことにした。
 さて当日は、荷物はキャリーバッグも二人で1ケだけ、後はそれぞれの手荷物にし、車椅子に女房を座らせ電車で行くことにしたが実際女房の方は、殆ど車椅子無しでも問題はなかった。
 しかし大事を取って飛行機は車椅子対応で乗り込むことにした。
 羽田には姉が中央タクシーで松本から行き、3時間前には着くということだったので、我々夫婦もちょっと早めの新幹線で羽田に向かった。
 3時間前であったが、早めにチェックインし落ち着きたかったため、デルタのカウンターに向かい手続きしようとすると、車椅子であったために、係の女性が色々と世話を焼いてくれた。
 ・・・ところが、その係の女性が「ESTAに申し込みがお済ですか?」と聴く。「エ・ス・タ・・・!?」私は初めて聴くその言葉の意味が良く分からなかった。
 ESTAというのはアメリカのビザ免除プラグラムであり、アメリカに行く日本人はビザを取る代わりにこのESTAというシステムに登録する必要があるということである。
 我々はアメリカではなく、カナダに行くので、関係ないのではないか?と云ったらトランジットの際にも必要なのだという。
 トランジットで、別に飛行場の中だけしかいないのにそんな面倒なことをしなければならないのか・・・と思ったが、決まりは決まりでどうしようもない。
本来は米国入国の72時間前には澄ませてなければならないのだそうであるが、この係の人は今からでも間に合います・・・とのこと。
 空港に備え付けのコンピュータから申し込んでくださいと言うので、それなら慣れている自分のコンピュータでやろうと、コンピュータを取り出し入力をするのだが、非常に文字が細かく入力方法も複雑でなかなか大変。
 結局その係の女性が付きっきりで3人の登録を済ませた。
 自分で打ち込んでもらいたかったが、何故か最後まで一字一句をこうしてああしてと言うだけで自分では打ち込もうとはしなかった。
 焦りながらのこの入力だけで一日分の精力を使い果たしたような気がした。
 結局、入力に優に1時間以上かかり、余裕のはずの時間が無くなり、車椅子であるため早期搭乗をしなければならないのが、大分遅れて行くことになってしまった。
 
 約9時間のフライトの後シアトルに着いた。女房を車椅子に乗せて一旦出国し、また入国するということで、税関に向かうのだが、係員が英語で「車椅子を押しましょうか?」と言ってくれたのに、「ノープロブレム」とカッコを付けて言ってしまったが、後から係員が付いていればその後が絶対楽だったのに・・・と後悔することになる。
 日本であれば、車椅子に乗っていれば、税関で「こちらへどうぞ!」と案内してくれるが、このアメリカはそうはいかなかった。
 車椅子対応で最後の最後に出て行ったため、列の一番後ろで入国審査の順番を待った。
 かなり待った後、もう少しで順番というところで、ようやく車椅子は特別の窓口へ行けと言うことになり、三人でそちらへ向かった。 
 黒人のおっさんが、偉そうに英語で訳の分からない言葉を言うため、何度も聞き直したが最後まで分からずじまいだった。
 アメリカでは、全員の両手全ての指紋を取らなければならない。
 私が椅子に座ったままの女房の面倒を見ていたら、「お前はどいていろ!」と言われた。とにかく言葉のよく通じないところで、初めてのことをやるのは大変である。
 結局、バッグも一度ターンテーブルから拾って簡易式ではあったが再度入国手続きをした。
 女房の車椅子は、かなり入念に調べた。
 金属の部分は勿論であるが、麻薬の反応検査もかなり入念に行った。
 
 軍事大国アメリカは、世界で最も安全な国でなければならないが、私がアチコチ行っている範囲内では、最も危険に満ちていて、最も警戒心が強い国と映る。
 国を守るために軍事力を強化するという論理は、このアメリカを見ている限り疑問が沸いてくる。
 戦争をやり、恨みを買い、テロによる復讐があるから、結局はどんなに強力な軍事力があっても国民を守り切れないというジレンマがあるのである。

 どうにかこうにか3人、この難関を通過しトランジット機に乗って一路バンクーバーへと向かった。
 バンクーバーに着き、兄夫婦とその長男であり、現タイTIT社の幹佳社長の顔を見た時には心からホットとしたものだ。
 現地時間は23日午後5時半。
 結局、24日の午前0時半に成田を飛び立ち、前の日の夕方バンクーバーに降り立った。
 日本から16時間前の時間に戻ったということである。

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