第90回サンテラスロビーコンサート

丸山晩霞記念館企画展「水彩の明星」コラボコンサート
「心にしみる音」 By 神原恵里子& 近藤聡

丸山晩霞画伯の水彩画に魅せられて思いついたというドボルザークの新世界から始まったピアノとヴァイオリンのコンサート。
静かに荘厳な雰囲気の中で始まった。
神原さんの優雅で落ち着いたトークも秋の気配満載の東御市のサンテラスロビーに流れた。
3曲ほど済んだところで、近藤さんの例の大阪弁のトークが入った。
「今までしゃべるなと止められていたんですよー!」
・・・と一気にまくしたてる。
「サイン、コサイン、タンジェント、微分、積分、ええ気分!」・・・と、お得意の自分が数学の教師であることを紹介しながらの名調子に、会場は一転して寄席の雰囲気に変る。
しかしまた演奏が始まると、神原さんのピアノに乗せた近藤さんのヴァイオリンの音色は、聴いている人達の心に響く、このコンサートのテーマに合わせれば、“心にしみる”
演奏が終わると、また近藤さんの止まらないトーク、私は一番前の席で大笑い。
時々、近藤さんが神原さんをいびるのだが、神原さんは全く動じず平然とマイペース。
この二人のやりとりは、近年になく面白い。
ちょっと分析をすると、この二人は、それぞれ自分の音楽、自分の生き方が確立されており、相手に気を遣うことも無ければ、相手におもねる必要もないため、正に「マイ・ペース」なのだ。

神原さんは、元々はクラシックから始まっているが、これまで軽井沢星野リゾート、ブレストンコートでの2000回以上の演奏で、新郎、新婦を魅了しながら様々な曲を弾き演奏テクニックを鍛え上げて来ており、加えて、ポップス、歌謡曲、その他の様々なジャンルに挑戦、そして、ソロ、デュオ、バンドと演奏形態もこだわらずに何でもこなしてきて、自分なりの音楽を作り上げてきた人、そして近藤さんは、4歳からヴァイオリンを習い始め、信州大学交響楽団の学生指揮者と依頼演奏のコンサートマスターを歴任し、コロナ前までは、長野県内のみならず、札幌、大阪と全国を飛び回り、過去には、ウィーン学友協会やブタペスト宮殿、イタリア会館等海外での演奏も経験してきていて、トークの軽快さとは裏腹に、凄いヴァイオリンの奏者、そして彼の口笛はアメリカの大会にも出たほどの腕前=口前?であり、ヴァイオリン演奏と共にこの口笛も聴きものだ。
大阪の出身で今は東御市に住み、予備校の数学教師をしている。
私もスタジオをやっている関係から、色んなセミプロ演奏家と会ってきたが、彼のような演奏、口笛抜群、口八丁のトーク最高の人は見たことが無い。

この音楽的に、人間的に確立された二人の個性がそれぞれ輝いて、ぶつかり合い、協調しあいする様は、見ている人達を完全に魅了する。
これが普通の演奏会であったら、会場はいつもの普通に良かった演奏会になったと思うが、この静寂さとハチャメチャ感溢れるトークのコラボは、その”落差“が生み出す、不思議なハーモニーによって見ている人を魅了したのだった。
“笑う”、“泣く”という人間だけに与えられた感情・・・
これを操れる人が、映画で言えば大監督であり、小説家で言えば、大作家であり人の心を大きく揺さぶるのである。近藤さんのトークで大笑いした後、お2人の素晴らしい演奏が始まると、その揺さぶられた感情が、そのままストレートにその音楽に移入され、ピアノとヴァイオリンの調べに酔いしれてしまうのである。
だから、あの会場に来た人は、皆さん、この演奏会に酔いしれたのだ。


・・・ということで、私のこのコンサートについてのコメントを終わりますが、今回のお二人の演奏についての私の分析は如何だったでしょうか?

このコラボ演奏会は、途中から時節柄、ハロウィンの衣装替えもあり、曲は葉加瀬太郎の「ワイルド・スタリオンズ」、ジョージ・ウインストンの「あこがれ/愛」、鬼滅の刃の「紅蓮華」、「この道」、「千の風になって」等々…どれもそれぞれ素晴らしく、ピアノとヴァイオリンの音が、秋の東御市の青空に吸い込まれて行くような演奏会でした。

2021年10月31日
                         

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観戦しながらの感染!?

新型コロナウィルスは、益々猛威を振るっている。
デルタ株だかインド株が上昇中で、感染者は東京3865人の過去最多、全国で1万人を超した。

オリンピックを観戦しながら感染している
・・・と云うことになる。

伝家の宝刀のように言われていた「非常事態宣言」も、今や殆ど効果がない。
みんなもう「うんざり」で「慣れっこ」になってしまってきており、全く歯止めが効かない。
政府と国民の間の信頼関係は「ほぼゼロ」状態。
安倍政権から菅政権の間に、すっかり国民の信頼を失ってしまったためだ。
最近の政府のやり方を見ていると、「どうにかその場その場を上手くごまかしてでも切り抜ければ良い」、「国民はその時は騒ぎ立てるが、しばらくすれば忘れてしまう」、「マスコミさえ押さ込んでおけば、どんな大きな問題を起こしても全く問題ない」…と云うような非常に安易な進め方が、いくらお人好しな国民でも多かれ少なかれ分かってきてしまったということだろう。
それでも支持率が30数%と聞くと、私には全く信じられない。
尤も、それでは他の政党は?と問われても、「ここ」という政党はないのも事実。

私は今でも、この国の国民は、他のどんな国よりも「良い」国民だと思っている。
以前、このブログでも説明したかと思うが、この国は縄文時代、狩猟生活を2万年近くしており、その間全く争った形跡が無いということ。
そして今現在でもその縄文人のDNAを10%~20%、わたし達の遺伝子に残っているということが、日本が世界のどの国とも違う素晴らしい特性を持つ国民だということなのだ。
子役を使って子供が街で泣いていたら1時間に何因の人が、その子供に声を掛けるか?という実験を世界中で行ったところ、日本がダントツの27人、第2位はフランスで8人だったという。これが日本人の凄くて素晴らしい所だ。

また、戦後の焼け野原からの大復活、そして”メイド・イン・ジャパン“で世界を席巻し、“ジャパン・アズ・ナンバーワン”といわれ、この小さな国が世界第二位の経済大国にまでのし上がった事実を考えても、「この国はただモノではない!」と思った方が自然かと思う。
然し、最近の日本の状態は、経済状態から、国状から、とても胸を張って「素晴らしい国」といえるような状態ではない。

今、オリンピックの最中に、コロナウィルスの蔓延が絶好調!ということだけとっても、ちょっと皮肉っぽく云えば“全世界の笑いもの”ではないか?
この素晴らしい国民が、何故こんなに“みじめな状態”に陥ってしまったのか?
前々回のブログ、安宅和人著「シン・二ホン」に寄れば、
「確かに日本はイケてない。技術革新の新しい波は引き起こせず、乗ることすらできなかった。企業価値レベルは中韓にも大敗。大学も負け、人も作れず、データ×AIの視点での三大基本要素のいずれも勝負になっていない。
戦後の高度成長期から今までで最も残念な20年だったと云える。」
…と云うことで、この20年余り、一体日本は何をしてきたのか?
これは歴代政府の責任大ではあるが、わたし達日本の企業にも大いに責任がある。
世界の趨勢…特に米国と中国がどんどん進めていた、先進技術、AI技術等への取り組みが遅れに遅れてしまっていたことは、悔やんでもどうしようもない。

しかし、今回のコロナに対する政府や関係機関の取り組みは余りにも後手後手でお粗末だった。
考えてみれば、日本という国は、これまでの様々な実績からいって、世界の中でこのような大変な問題に対して、最も統一がとれ、素早く対応が出来る国のはずが、当初のPCR検査の導入・活用は全くなし、海外渡航者に対する対応も後手に回り、薬も、ワクチンも自国製はとても間に合わず、オリンピック開催国にもかかわらず、ワクチン接種が未だに行き渡っていない。
驚くことに保健所とのやり取りは、未だにFAXしか使えないとか聞くと、背筋が寒くなる。今の時代、ネットが使えないなどと言っていて、きちっとした行政対応が出来るはずがない。
PCR検査装置も、日本で色んなメーカーが最新装置を開発しても、国内は許認可の問題があり使えない。フランスで使っているというニュースも流れた。
恐らく薬が出来ても、やはり許認可問題で投与できないかと思われる。
他の国が使って自国で使えない…などと言う不合理は、このような緊急事態時にはちょっと考えられない。
ワクチンも、途中かなり調子のよいことを言っていたが、今となっては大分トーンダウンして、オリンピックの最中に、これまでに最大の感染者数を記録してしまった。
オリンピックだからといって、感染者数の歴代の大記録を出したり、金メダルを取っても、誰も喜ぶ人はいないのだ。

 

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