ランチェスター戦略「弱者逆転の法則」

久しぶりにセルコが日本実業出版社の一冊の本に取り上げられた。
もっともこれは、9年前の私の著書「立ち上がれ中小零細企業」を読んだコンサルタントで著者の福永雅文氏より5年ほど前に取材を受け刊行された同名の著書の新版である。
その本では「小さなNO.1企業」の45社に選ばれたが、今回もまた53社のうちの1社に選ばれ、内容は殆どその当時の内容だが、最近の当社の状況も書き加えられたものである。
著者も以前言っていたが、私は「ランチェスター戦略」ということを一度も勉強したことはないが、私のやっていることが、このランチェスター戦略そのものだ・・・と云うことらしい。
・・・と云うことは、もしかしたら、私が独自に考え、実行していることは、かなり理にかなったことであり一つの戦略をなしているということになるのかもしれない。
 この本の要約をしてみると、「弱者逆転の法則」として、勝てる土俵で圧倒的に勝つこと、そしてその法則は「差別化」×「集中化」×「接近戦」ということだ。
 なるほど、そう言われれば当社の方向性は、それにかなり似通っている。
 まず、差別化は10数年前からのコイルの「高密度化」と云って、とにかくきちっと巻くことにより、他では追随できないレベルまで巻き上げ、そのうえで更に圧縮し、占積率を丸線ではそれ以上ない最高のレベルまで引き上げること。
 また、平角線においても、時折他社の巻線も見ることがあるが、当社の平角巻線は群を抜いて美しい。
 そして集中化は、すべてをこの高密度コイル及び高密度コイルの曲げ技術、モールド技術を駆使した特殊技術に集中してきたことが、こちらも他社を圧倒する技術となっている。
 そして接近戦である。
 接近戦というのはいかにお客様に寄り添い、お客様のニーズを掴み、このコイルにまつわる技術はもっとも効率が良く最もコストを抑えた方法を提供すること。
 これは私の名刺に刷り込んだ「コイル&コイル周辺技術のソリューションパートナー」という言葉に集約されるかと思う。

 またこの本には「弱者が強者に勝つ5大戦法」として
① 弱者は狭い市場で大きなシェアを!・・・・・「局地線vs広域戦」
当社は一般的なコイルは捨て、高密度コイルと言う非常に狭い市場で勝負している
② 弱者の新規開拓はオンリー顧客を狙え・・・・・・「一騎討ち戦vs確率戦」
業界の中で最初に当社を選んでくれたメーカーに恩返しの意味も込めて、最高の技術を提供する。したがって、当社を選んで戴いた顧客はその分野でトップ企業になる確率が高い。
③ 弱者は消費者・エンドユーザーに接近せよ・・・・・・・「接近戦vs遠隔線」
できるだけお客様の設計段階から開発に参加させて戴き、極力その顧客のニーズに合わせ、効率が良い或いはできるだけコストを抑える等の技術を提供し他社との差別化を図るアイデアを提供する。
④ 弱者は1点に集中する覚悟をもて!・・・・・「1点集中主義vs総合主義」
所詮小さな会社であり、あれもこれも大企業のように手を広げるわけにはいかない。必然的にカテゴリー別にできるだけ当社の強みを活かせる方向に進んでいる。
⑤ 弱者は敵に味方の攻撃意図を知られるな・・・・・・・「陽動作戦Ⅴ誘導戦」
ここは何でも思ったこと感じたこと起こったことをブログに書いてしまう私の最も弱い部分か?と思うが、意外に読んでいるみなさんの裏を書いていることもあったりするかも?

とにかく、自分がやっていることが他者に、しかもプロのコンサルタントに認められるということはうれしいものだ。
 実際に今、当社に舞い込んで来る話は、当社が目指しているような種の引き合いが非常に多くなってきている。
 私の脳裏に今から10数年前に「これだ!」と閃いたひらめいた「高密度コイル」が、今では世の中で普通に使われる言葉となり、当社は更に今「高密度圧縮成型コイル」というコイルを自在な形に圧縮成型し設計者の思うスペースにコイルを詰め込めるという画期的な方向を打ち出し、他社からの追随をかわそうとしている。

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白内障手術

 逆流性食道炎、インフルエンザと来て、白内障の手術と、これまで全く医者要らず、薬要らずだった私が、ここのところスッカリ「医者と薬の日々」になってしまっている。
 20数年前と違って今では、お医者と薬屋さんがはっきりと分離されているし、お薬手帳なるものもあって、薬同士のバッティングも防げるようになっている。
昔の医療システムとは大分変わったことも身を持って知った。
 白内障は、だいぶ前からあったのだが、一度メチャ混んでいる眼医者さんに見てもらった時は、未だ手術するところまで行かない・・・と言われ、そのまんま数年、このところ乱視もあることから、本やネットの文字が読みにくくなるし、人間ドッグの視力検査でも、両目が0.3という情けない視力になって来ていたため、たったの15分、日帰りということで、これは早く手術した方がいい・・と思ったのであった。

 どこでその手術をするか?と考えていた矢先に、日経新聞上に「人生が変わる白内障手術」という本の公告を見つけた。
 早速買って読んでみると、
 この山崎健一朗というお医者さんは、日本初のレーザー白内障手術を実施した人であり、場所も大宮にあり、もともと東京でやろうか?と思っていたため、大宮の方が近い・・・ということで試しに診てもらうことにした。
私の女房も白内障が進んでいるようだったので、二人で出かけた。
そこで先生に言われた言葉はちょっとばかりショックだった。
二人とも、ひどい白内障と、これまたひどい乱視で、夫婦そろってこれ程、両方ひどいのは非常に珍しいケースだということだ。
 結局、最初の受診から4ケ月後の、2月2日(土)と2月9日(土)で片目ずつ手術することになった。
 但し、このレーザー手術は多焦点レンズを使うとメチャ高い。
 片目100万円、両目で200万円。社会保保険は効かない。
 たまたま私の方は生命保険に入っており、その対象となったため良かったが、女房の方は200万円、ガッツリと払うことになった。
 まさか、私だけ多焦点レンズで、女房は社会保険対応の普通のレンズで・・・と云うわけにも行かないため、大きな散財と合い・・なった。
手術はほんの15分・・と云うことだけを聴いていたが、手術前には最初の検診と合わせて2回大宮行き、そして目薬も3ケ月程、毎日両目で3種類づつ注さなければならず、かなり大変。
一日3回はいいとしても、5分位づつ置いて3回注すというのも結構、大変だ。
そしていよいよ、手術当日が来た。
その日は夫婦で大宮に泊まることにして大宮から東武野田線で4つ目の七里
駅にある七里眼科に向かった。
その日は手術用の目薬を2時間前から30分おきに手術する右目だけに3本注さなければならない。
そして、病院に着くと、また目薬を何回か注され、手術直前には、白衣を期せられ、キャップをかぶせられてから麻酔用の目薬を注されて、手術室に入る。
最初にズレないように眼に紫のしるしをつける。
眼は器具によって大きく開かれ固定され、麻酔が効いているため痛くはないが、何か目玉に当たったような感覚はあった。
また、メスで眼のふち辺りに穴を空ける。これもちょっとちくりとしたような気がした。
そしてレーザーによる水晶体の破壊だ。
これは、まるでプリズムのように光が、ごちゃごちゃとうごめいた。
ほんの20秒くらいで済み、それからベッドを移動し、今度は、この空けた穴から細いノズルを突っ込んで水晶体の潰れたモノを吸い出す。
手術をされている本人は、やはり明るいライトで眼の前が光に覆われている。
この濁っていた水晶体の砕けたモノをきれいに吸い出したところで、人口のレンズをスボメながら、その穴から挿入し眼球の中で広げる。
こちらの方は、光の中で色々とうごめいているが、多焦点レンズは、幾重にもワッコがある。
このワッコの数を目で追い7つまで数えたところで、先生が、「目を動かさないでください!」と注意されてしまった。
乱視の患者は、このワッコのついたレンズを、眼の中で動かしながら、乱視を矯正する位置に合わせる。
手術は手術室に入ってから20分程で終わった。実質15分は間違いない。
何で、私が手術の詳細がわかるのか?というと、実は私の前に女房が手術し、その様子を、隣の部屋のモニターで看護婦さんの解説付きで、良く見えたからなのである。(目の上のカメラが写している)
これを見た後で、手術すると、自分が今何をされているのかが良く分かり、余計な心配をしないで済む。
 手術を終え、眼帯・・と云うよりも大きなガーゼを右目を覆い、茶色の絆創膏でべたりとおでこから頬にかけて幾重にも貼られた格好で、一人ならともかく、二人で大宮の街を歩く様は、どう見ても異様な光景だ。
 それでも、ズーズーしくレストランで食事をし、埼玉新都心のホテルで一泊し、次の日の10時に病院に行きガーゼを取った。
 女房は「嗚呼明るい!」と」言って喜んだが、私はまず、ガーゼをとっても瞼が、目ヤニでしっかりくっついて眼が空かない。
 看護婦さんが時間をかけ目ヤニをふき取り、やっと光が見えたが、目ヤニがべたべたで、とても良く見える・・と云う状態では無かった。
 先生の方は、ちょっと眼圧が高いが手術は問題なく成功しているので、時間と共に良くなるから・・と言うが、結局、帰りの電車の中で、眼にゴミが入った時のようにゴロゴロし、とても痛く、目ヤニと涙のオンパレードで、とても目を空けてられない。
 そんな状態が結局、昼食が済み、帰りの電車の中まで続いたが、その内にどうにか収まった。

 翌日は日曜日で休日、
 その翌日、会社へ普通に出て行った。
 前の眼鏡をかけると、手術した左目も結構見えるようになって来て、調子に乗って、たまっていたメール仕事を精力的にこなして、夕方、今度は右目が異様に痛み出した。
 左目も酷使し疲れたため両目が見えないような状態となった。
 右目が真っ赤だと周りの人達にも言われた。
「これはえらいことになった!」と内心思った。
 そしてその原因は、私が手術直前に点ける目薬を間違えて、右目に何回か点けてしまったためかと思われる。
 瞳孔を開く目薬を点けておいて、文字を一所懸命読んだため、眼に炎症が起きたモノかと思われる。
 これも一晩経つと収まった。
 次の土曜日は今度は左目の手術だ。
 今度も女房と埼玉新都心の同じホテルを予約し、いそいそと出かけた。
 またしても、事前の2時間前30分毎の目薬で往生した。
 最後は、つじつまを合わせるために、目薬の点けどうしとなった。
 看護婦さんの話では、やはり年寄りが多いため、間違えて逆の目に注して来た人とか、全く何もしてこなかった人もいたとか・・聴いて一安心した。
 私の方は、前の時よりもスムースに手術が済み、左目の方がなんとなく旨く行ったように感じた。
 この病院、凄く込んでいる。
 看護婦さんが、数えたら、カウンターに10人並んでいて、全部で30人位はいるようだ。
 その看護婦さんが、全員、凄い勢いで動き回って仕事をこなしている。
 患者さんは、悠に100人位はいそうで、外の待合にもいっぱい、中の待合にも腰掛が見つからない程、わんさか患者がいる。
 また検査装置も半端ない。
 例の首を乗せておでこをつける装置が、ずらっと並んでいて、あっちの装置、こっちの装置で検査され、その結果を先生が観て、診断を本人に云う。
 一応、その診断結果としては、二人両目共、全く問題なく旨くいったとのこと。
 後は、周りの明るさによって瞳孔が開くのを防ぐためと紫外線除けのメガネが必要とのことで、これを3万円で買うことになった。
 その前に、右目手術終了後に、眼のガーゼを取った後、ゴーグル状の誇りが入らないメガネを2800円で買わされたが、その後、ショッピングセンターの300円ショップに、同じようなゴーグルメガネが売っていた。
 何かと、お金のかかる手術なのだ。

 お金がかかる・・といえば、術後の検診が翌日と、その翌翌日、そしてしばらくは1週間毎に行かなければならないなどと言うことは聞いて無かったので、それを聞いた時にはエライところで手術をすることになったな?と後悔したが既に遅かった。
 2人で大宮へ新幹線に行くだけでも、いくら大人の休日倶楽部で3割引きでも結構な金額がかかり、これが、1度、2度ならず、5度、6度と重なれば、結構な金額に膨れ上がる。目薬代も結構、その度にかかった。
 まあ、その時の昼食代とかホテル代とかは、どうにか別個に考えられなくもない。
 帰りの東武野田線で、ゴーグルメガネをかけた二人で、空いていた席を一つ見つけ、女房に座らせようとしたら、その隣にいた青年がスクっと立ち上がって、「お二人どうぞ!」と席を譲ってくれた。
 私はこれまで、電車で席を譲ったことはあったが、譲られたことは無かった。
 その青年から見れば、この二人は既に老夫婦に見えた・・・と云うことか?嬉しくもあり、寂しくもあり・・・の一コマであった。

だんだん眼が慣れて見えるようになって来たから、まぁいっか!!

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インフルエンザ  23年ぶりのお医者

 23年間、「医者要らず、薬要らずの生活を自負していた私が、事もあろうにインフルエンザに罹り、5日間の外出禁止状態となってしまった。歳をとったぁら・・とは言いたくないが、間違いなく免疫が落ちている時に、危ない場所に行ったことがその原因かと思う」

 年末からずっと胃腸の調子が悪く、1月の中旬の大連出張も好きなビールも飲まずに通した。
帰国後もすっきりせず、食べるものも抑えながら生活していたが、意を決して胃カメラ検診に行くことにした。
これは前年度の人間ドッグで白内障と共に逆流性胃腸炎の精密検査の必要あり・・・と言われており、迫りくる今年の2月の人間ドッグ前には、一度精密検査を受けなければならなかった・・と云う事情もあった。
私はあの喉から入れる内視鏡検査が苦手である。
これまで何度か、内視鏡検査の後、喉から血が出たり声がかすれて3ケ月位、歌が歌えなかったり・・・という、「検査に依る副作用」の方が、自分にとっては問題となることがあったからだ。
今回は、近くの新しくできた病院が、喉からではなく、鼻から入れる内視鏡だということで、これに期待して検診を受けることにした。
そして当日、かなり待合室で待たされた後、鼻からの検査が行われた。
確かに喉の方は全然楽であった。
検診の結果、胃の方は多少ポリープぽいものが二箇所程あるもののまず問題なし・・・ということだったが、食道の方は、かなりただれた状態で、内視鏡を入れると周りから血が噴き出すような状態であった。
胃と食道の境にある噴門のヘルニア(ゆるみ)が原因で、胃酸が胃から食道に逆流して来るため、食道が焼けただれてしまう。
ここの不具合で、どうもいつもムカムカしていたらしい。
こちらは、処方の薬を飲むと不思議なくらい楽になった。こんなことであれば、もっと早くやっていれば良かったと思ったが、後の祭り。

 ・・・と云うことで、逆流性食道炎の方は、どうにかなったが、どうもその最悪の体調の時に病原菌の巣となる病院に行ったことによりインフルエンザにかかったようだ。
次の日は、東京ビックサイトで車関連の展示会があり、こちらに行ったが、一日中身体の調子が悪かった。
その夜は、会社の新年会があり、くじ引き席順で、若き女子従業員に囲まれ、調子に乗って、ちょっとアルコールが入った飲み物を飲んだら、最初はぽかぽかしてきて気持ちが良かったが、その内にヒ汗が出てきて、具合が悪くなってしまった。
その日は途中退席した。
翌日、休んでいればよかったのに、九州の友人が東京に来るということで、付き合って一日過ごしたが、これも大分きつかった。
翌日である。
寝床で身体のアチコチが痛くカッタルくなって起きることができない。
私はここのところ2年あまり、風邪をひいて寝込んだり休んだりしたことがない。
またこの23年間、眼とか耳とか歯のお医者、そして人間ドッグを除くと、具合が悪くなって医者に行ったことがなかった。
風邪をひいたこともあったが、家で寝ていれば一日、二日で治っていた。
その私が、今回はどうでもお医者に行かなければならない理由があった。
その二日後に伊那の方で講演に呼ばれており、講演するに当たって、甲子がインフルエンザというわけにはいかなかったためです。
日曜日だったため、小諸の当番医に行くことにした。
11時まで寝ていて、11時30分の午前中の締め切り前に、どうにか車を運転して行った。
待っている間もつらかったが、意外と早く順番が来た。
熱は37.2度と大した熱ではなかったので、これは取り腰苦労か?と思ったが、
先生が細長い綿棒で鼻の穴から細菌を採取し、その結果がすぐに出た。

「インフルエンザB型」
見事、嫌な感が当たった。
三日前の内視鏡検査のための病院で罹り、2日間の潜伏期間を経て、発症したものとのも割れる。
それからが大変だった。
翌週は、その講演も含み、スケジュールがいっぱい詰まっていた。
お断り、できるものは断り、他の人に代われるお客は代わってもらい、5日間の外出禁止期間をギリギリ過ぎたアポは厳重マスクで対応した。

今年のインフルエンザは全国で250万人とのことで、A型の方がB型より多いとのこと。ただB型は余り熱が上がらないため、そのまま気付かずに人に感染してしまうことが多いとのことであるが、私の経験からは、かなり身体がかったるくなるため、そんなに外をぶらぶらできないか?と思う。

 私の病状は?というと、お医者から出た3種類の薬、抗生物質=タミフル、咳止め、熱さましの薬を、最初は真面目に飲んでいたが、熱は次の日の朝には下がったため、ストップ、後の2種類は最後まで飲んだ。
タミフルは大変良く効いた。この種の薬は23年間、全く飲んだことがないため、薬が面白いように効いたのであろう。
インフルが判明した日のお昼と夜の二回飲んだところ起きていられるレベルまで回復していた。
結局、翌日から自宅待機というよりも自宅勤務状態となった。
みんなが出勤前に会社へ行き、必要な資料を全て持って帰り、10点の見積もり案件を追うことになる。
この3月の年度末にかけて景気が良い現在は、試作依頼が目白押しである。
当社の場合は、またEV化に伴うモーターの効率化のためのコイルの占積率アップ合戦の影響で賑わっている。

今の時代は、PCさえあれば、どこに居たって仕事はできる。
電話もできるし、ネットで殆どのことはできてしまう。
不便なのは、会社の共有ファイルが使えないのと、プリンターが使えなかったこと、それと実際に会って打ち合わせができないこと位だった。

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新年おめでとうございます!

皆さん新年おめでとうございます!

2018年平成30年となりました。
皆様にとりまして、この年が希望にあふれ、幸せをいっぱい満喫できる年となることをお祈り申し上げます!

今年は私の干支=戌年です。
生まれてから、72年目の年を迎えます。
世間的には結構いい歳ではありますが、私は未だ現役社長、未だ未だ「夢」を追いかけ、「この会社を、こうしたい、ああしたい」、「業績を上げ、盤石な会社にするには?」と日夜、考え続ける毎日です。
 62歳から始めた、おやじロックバンドから10年、未だに歌も歌うし、ジャズダンスのレッスンも受け、年末の忘年会には歌って踊ってと動き回る。
 私はたまたま経営者になってしまったが、本当のこと、私は演出家が向いていたのではないか?と思っている。
 私は、結いの里の忘年会を例にとっても、集められる限りの人達の才能を活かして、いかに観ている人達を楽しませるか?を考えると、ゾクゾクワクワクして来る。
 従来からの素材、そして新しい素材、また素材と素材のコラボ・・・と考えると、様々な可能性が出て来る。
 この忘年会には、17年の年月の間の蓄積と、年々新しい人達の出逢いがあり、その年、その年でできることを考えて演出する。そこに自分のできることを加えたのが、結いの里の忘年会を形作っている。
 昨年は、観客に年寄りが増えてきたことも考えて、液晶の大画面を用いて、画像と音で表現しようとして、ちょっとずっこけたりしたが、観ている人は、やはり画面があった方が分かり易いと思う。
 来年は、ドームでやるコンサートのように演奏者のアップ映像も映し出しながらやろうということになっている。
 演出家としては、色んな出演者がスキルアップしたり、増えれば増えるほど、演出の幅が広がり、どんどん面白くすることができる。
 毎年、「こうしたら?」、「ああしたら?」と考えていれば、きりが無くなるのだ。

 私の経営も、どちらかというと、才能のある社員を適材適所に使い、その才能を伸ばすことが得意だ。
 私は音楽でも、技術でも「才能」が好きというか、自分にない才能を持っている人が何と言っても好きなのである。
 だから、勢い、その才能が発揮され易く、才能ある人は、評価されるから、会社になじみやすいし、結いの里の忘年会にも毎年参加したくなる。
 それに対し、私は人を育てることは苦手だ。
 育つまで待っていられない・・・と云った方が、当たっているかもしれない。
 しかし、会社と云うところでは、「成長」が最も大事な要素であり、できれば新卒のプロパーの人達が、会社の理念を理解し、その会社の「文化」というか「雰囲気」を作り上げて行けば、ほぼ理想の会社になって行くか?と思うが、我々のような小さな会社は、なかなか新卒の学生など入らないし、入っても育て上げられない。
  私は、業績が上がった過去二年で、4回に亘り社内研修を行い、社員全員二日ないし三日の時間と、そう安くはない授業料を払って研修したが、これで、社員が育ったり、会社の雰囲気が良くなったか?というと、一部に多少の効果はあったものの、そう目に見えて改善することは無かった。
 また、研修を受けた社員と、その他のパートの人、派遣、アルバイトの人達との溝ができてしまう結果にもなった。
私は皮肉にも、従業員を育てたり、まとめたりするのは、研修の先生にお願いすることではなく、自分達でやらなければならないということを、逆にこの研修で学んだ。  
 そこで、私は、私が平社員でセルコに入って、町工場だったこの会社の改革をした時の手法を思い出し、従業員の団体=SC委員会構想を提案し、この委員会が発足した。
 そして、従業員が困っていること、不平に思っていること等を、会社と月一回話し合い、諸問題を解決して行く。会社側も、従業員に言いたいこと等を、命令ではなく、この委員会の話し合いの中で要請して行く。
 また、以前もやっていた、色んな行事をSCで考えるようにしたら、先月早速、運動会&忘年会と称して、一日会社を休みにして、体育館でドッジボールの大会を開き、ちょっとした宴会をした。
 従業員からははやくも「新年会」の声が上がっている。
 このSC委員会は、社内のコミュニケーション改善を促進する原動力になりそうだ。

 会社の業績は、世の中の経済の動き、会社の受注の問題等で、上向いたり、急降下したりと色々であるが、社内の雰囲気は業績の良し悪しに拘らず、良好であることが望ましい。
「良い時はみんなで喜びを分かち合い、悪い時はみんなで支え合うような会社」
理想の会社を目指して今年もセルコは発進する!!

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第17回結いの里こもろ大忘年会

 私は自分の性格を考えてみた。

 結局、私は常に何かを仕掛けていなければ済まない性格ということに結論が出た。
 仕事も新規で今までにないような案件が来ると燃えて、それに向けていろいろと考え、現在考え得る最善の方策を考える。
 ただ、私は技術屋ではないため、技術的に難しくなると、それ以上のことは技術屋さんの領域となってしまうため、案は出せても実際に自分ではそれ以上はどうしようもない。
仕事として時間がかかるのは海外出張・・・大量発注しているタイのTIT,合弁している大連の工場は定期的に行く必要がある。

私は人生をトータルに考えている。
仕事も、趣味も、何をしても、全て私の人生であり、私がやるべきことと考えている。

私の仕事以外の活動を上げると・・・・。
① ニコニコグループの代表
20年も続く、以前環境問題を話し合う会から発展し、地域マネ―(ニコニコマネー)グループが今に至った不特定多数のグループで当時は50代だったが、今は60代、70代の人たちが中心のグループ。活動拠点は、私の工場敷地内の一角にある古い建物に薪ストーブを置いて、今は月一で会合を開いて、お互いの近況報告や健康状態の確認をし合っている。
② 「新老人の会」東信ブランチ 代表世話人
先般、106歳で亡くなられた日野原重明先生の会の信州支部東信地区の代表。
今回はみんなでニンニクを栽培し、それを黒ニンニクにし販売も行って、活動資金(主に食事会やバス旅行の資金)にしている。
活動は主に上田市。
③ スタジオMの代表=音楽関係の人たちとの交流
スタジオMという100名収容できる音楽スタジオを会社敷地内に持ったことで、近隣を中心としたミュージシャンや音楽関係者との交流が多い。
そんな交流の中から、NHKテレビに立て続け3回出たロックグループ「セルパップブラザーズ」が生まれたり、その後何人かのミュージシャンとコラボし様々なオリジナル曲が生まれた。

 これらの活動を総まとめしているのが、この「結いの里」の忘年会ということになる。
 これらの活動を通じて、これまでずーっとお付き合いしてきた人、またその年に新たに知り会った人達を一堂に介し、その年一年間の総括をするイベントでもある。
 そんなことで、この人も、あの人も、これも、あれも・・とメチャ欲張って通常5時間強、最長7時間やったこともあった。
 とにかく、紅白歌合戦よりも長いイベントなのだ。
 当然、色んなグループの出し物で私が出る回数も多く、衣装をとっかえひっかえしながら、または司会も兼任しながらやり通したこともあった。
 ちなみに、司会は今はFM佐久平のプロのアナウンサーにお手伝い願っている。
 しかし、今や71歳という、それ相当の歳となり、体力が持たなくなってきたこともあり、今年からは、音楽関係を極力絞り、本来の忘年会という名にふさわしいイベントにもって行こうと考え、今年は3時間半ぽっきり、しかも途中に20分間の休憩時間をとるという大変時間短縮したプログラムを組んだ。
 しかし時間短縮したから内容がつまらない・・というのは、私には我慢ができないから、私の持てる演出能力と、交流人脈を駆使して、観ていて飽きないプログラムを作り上げた。
 また、お菓子で釣る・・・というわけではないが、休憩時間には、私のお得意の生豆を焙煎して挽くオールインワンの珈琲メーカーを駆使して、おいしい挽き立ての珈琲とコージーコーナーのジャンボシュー等を用意して皆さんにおもてなし、そして「新老人の会」が丹精込めて作った黒ニンニクをじゃんけんゲームで皆さんにお分けするというオマケ付きで観客の確保を狙う。
 また今回は、液晶大画面で出演者の紹介や歌詞を流したりして、舞台と観客の一体化も考えている。
 勿論、私の出番はそれなりに何回もある。

 ジャズダンス・・・今年は引退宣言した安室奈美恵の「I LOVE YOU」を踊る。

 新老人の会・・・「お椀だせ!茶碗出せ」=聖者の行進のOh when the saints go marching inの♪オーフェン ザ セインツ♪を「お椀だせ!」と言い換えて、お椀には茶碗ということで、右手にお椀、左手に茶碗を持って「お椀だせ!」でお椀を、「茶碗出せ!」で茶碗を最初から最後まで出し続けるだけなのだが、これがいつも大受けで、これまでに、あちこちのグループに伝授している。

 エルビス登場・・・久しぶりにエルビス・プレスリーの衣装で2曲歌う。私のエルビスになったきっかけは本物のエルビスではない、以前モノマネ全盛時代のビジーフォーのグッチ祐三がモノマネしたあのお笑い系のエルビスである。
 本物のエルビスは私にはとても無理だが、あのグッチ祐三レベルであれば、ずんぐりむっくりの私でもどうにかなりそうと思ったのがきっかけである。
 だから基本がお笑いで、♪Love me tender 何言ってんだー? サッパリ分からないー♪で始まる。

 オールディズ特集・・・今回の目玉。懐かしい60年代のオールディズを男女2名ずつで合計9曲、次々と歌って行き、最後は観客と一体になって踊りまくって終わる・・という企画だ。
 下記にプログラムを記しますのでで、よろしかったら、覗きに来てください。
 会費は無しです。

第17回結の里こもろ大忘年会
(2017年12月10日午後2時~午後5時30分)
1:30 開場
2:00 開演の辞(10分)               前島さん⇒小林、三島
① みんなで踊ろう!「365歩のマーチ」(5分)   全員(土屋先生ダンス指導)
② ハーモニカ(5分)              鈴木則保さん
③ 合唱(5分)                  霜村洋子さん。岩崎恵子さん
④ ピアノ演奏(5分)              神原恵里子さん
⑤ チェロ演奏(5分)              中沢甲子雄さん
                         (ナレーション:依田公子さん)
⑥ 三島さんライブ (5分)           三島清
⑦ ニコニコジャズダンス(10分)         
(3:00)
⑧ 村上さんライブ(5分)
⑨ 「新老人の会」の時間(15分)      新老人の会
信州支部 橋本さんご挨拶
お椀出せ!茶碗出せ!         
      ニンニク物語                    
      じゃんけんゲームで“強力黒ニンニク”ゲット!
  20分間休憩
⑩ 土屋芳美ジャズダンス教室(10分)
⑪ ニコニコ合唱 「結いの心」(5分)
 (4:00)
⑫ 中山達也ライブ(10分)              
⑬ 縣ひろこ on ステージ(10分)
⑭ teaさん onステージ(10分)
⑮ エルビス登場!(10分) 
 (5:00)
⑯ オールディズ特集(25分) 懐かしの10曲メドレー
                出演:縣ひろ子、神原恵里子、ジミー三島、エルビス小林             
⑰ 握手会
  5:30 お開き・解散

・今年から時間短縮をしますので、皆さん時間正確にお集まりください。
・一品持ち寄りはありませんが、3時の休憩時間に会場側でお菓子と珈琲等を用意します。トイレ等もこの時間内に済ますようにお願いします。

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カケモリおやじとタヌキおばさん

 カケだモリだと蕎麦論争をしていたと思ったら、途端にタヌキやキツネが現れて、さ(左)抜きウドンだ、素ウドンだと騒ぎ立てる。
蕎麦が勝つか?ウドンが勝つか?今の政界、ごちゃごちゃ!
国民関係なし、政策関係なし、ただただどうしたら選挙に勝てるか?だけの今日この頃の政界、、、とにかく我々は最後に「いっぱい食わされた!」状態にだけはならないよう、注意して投票しましょう!

 それにしても片や北朝鮮とアメリカの強力なバックで不人気をJアラートでカモフラージュするモリカケおやじ、片や都知事戦の延長線上で、国まで狙うというしたたかなタヌキおばさん!その人気に追従のキツネのあんちゃん!

 この国の国民は大変素晴らしい素養を持っている。
他の国にはない、自然崇拝、共存共栄の助け合いの精神、コツコツコツコツお金が全てではない生き方、神を信じるのではなく、神を尊敬しているため、どんな宗教をも排斥せず八百万の神として敬うから宗教による戦争は起きない。

 この国は、優れた指導者というよりもリーダーがいて、国の方向さえきちっと正しい方向に向けてやれば、この優れた国民は、間違いなく各分野で頭角を現し、世界のリーダーになって行くはずである。

 最近の若者アスリ―ター達を見ていると、正に日本の明るい未来を思わせるような活躍だ。
陸上、水泳、スケート、ゴルフ、卓球、バトミントン、柔道、レスリング、バレー、バスケット、野球、サッカー、スポーツクライミング、スキージャンプ、スケボーそして、流れが変わり始めた日本の国技=大相撲、、、本当にこの若者達を見ていると、世界のひのき舞台に立っても、全くものおじせずに堂々と戦い抜いている。
常に国民ではなく、どこかの国の顔色を見ながらオドオドしている政治家とは全く異質の存在である。
 私はこの若者達を見ていて、日本の政治も必ず今後、この素晴らしい日本の国民の特質を最大限活かし、本来の国力を発揮できるような環境作りをする、本当の政治家が現れるだろうと思うのである。

 いくら少子化が進み老人が増えようが、国民全員が明るく豊かに最後まで幸せに暮らして行けるような世の中は決して夢ではない。
それは、他でもない、日本だから、、、日本人だから、、、なのである。

 それには、今のこのごちゃごちゃ状態が行きつくところまで行くことが必要なのかも知れない。

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キャノンが国内にデジカメの自動機工場

キャノンが、宮崎県にデジタルカメラの新工場を建設する。

ロボットを駆使して自動化ラインを構築する。
この工場ができると、デジカメの高級機種に加え中級機種も国内回帰し全デジカメの70%が国内生産となるとのこと。
御手洗会長はこの体制で1ドル100円でも十分に採算が取れると言っている。
アジア各国の人件費が上昇し、今までのようなメリットがなくなって来たことと、ロボット・自動化技術の普及が国内自動化生産を促進させる原動力となっているようだ。
私が2013年に自主出版した「2020年東京五輪の年にメイド・イン・ジャパンが復活する!」から丸4年で、ようやくこのような記事が新聞に載った。
 この時は、ちょうどアベノミクスの第三の矢が云々と騒がれていた時期で、私はこの本の出版に当たり、どうにかしてこの本をマスコミに乗せ、世の中の流れを変えられないか?と前著の「立ち上がれ中小零細企業」の出版社ディスカヴァー・トゥェンティーワンを始め色んなアプローチをしてみたが及ばず、結局電子図書の自主出版での刊行となった。
 勿論、この本は殆ど売れず、日本の経済の真の復活=大企業の国内回帰による中小零細製造業の活性化の起爆剤にはとてもなれなかった。
 ただキャノンが国内生産にシフトすることは、私の最初の提言=大企業の国内回帰には合致するところではあるが、キャノンが使っている部品は果たして国内産のものなのかどうか?は分からない。
 私の言う国内回帰=メイン・インジャパンは、あくまでも部品はビス一本から全て国内生産にすべき・・と云うことであり、我々中小零細製造業の公差のど真ん中を狙う優秀な部品を使うことにより、一頃世界を席巻した「メイド・イン・ジャパン」を復活させることである。
 国内はコストが高いというが、最近の日本の物価は、いろんな国と比べてみてもかなり安い。
 100円ショップがマカオに行った時に入ってみたら、ほぼ皆200円近かったし、中国のデパートなどではなんでも日本よりはるかに高い。
 それと我々製造業は、同じものが一定量、何年も続くということであれば間違いなく自動化を考える。自動化ができれば、人件費の高さは関係なくなり、国際競争力は抜群である。
 本当はバブル崩壊後、日本はあれほどすさまじい勢いで海外移転すべきではなかった。
 海外移転が結局、日本のモノ造りの技術を流出させ、モノ造りの主役の座を中国等に奪われてしまった。
 トヨタのように日本の企業はあくまで本拠地は日本に置き、海外はあくまでサブ工場とすべきであった。

 最も憂うるべきは開発力である。
 開発力というのは、実際にモノを大量に造っていないとなかなか出てこない。
 いくら優秀な3Dキャドがあり、これまた優秀な技術者が創造力を掻きたてたとしても、毎日実際にモノに触れ、モノに接している技術者にはかなわない。
 私はいつも思う。
 ダイソンの掃除機もiロボットのルンバも、ノンフライヤーも全て日本発になるべき開発であったと思う。

 生産技術力はなおさらそうだ。
 モノ造りを自分自身でやる町工場の社長とか安い給料でもコツコツ身を粉にして働く従業員は経験、技術力、そして成し遂げようとする意志とか意識がとてつもなく大きい。
 結構、色んな優れたアイデアや発明が町工場から出て来るというのは決して偶然ではなく、このような「モノ造りの鉄則」があるからだ。
 現在、日本の大企業の内部留保の額は500兆円あるようだが、モノ造りに関係している企業は、この資金は訳の分からない海外のM&Aに回すのではなく、是非、「メイド・イン・ジャパン」を目指して国内に完全自動化工場を設置してもらいたい。
「モノ造りを日本に戻し、中小零細企業に十分な仕事を回す」
本当の意味での「メイド・イン・ジャパンの復活」・・・・こそが、日本を本格的に復活させる唯一の秘策なのである。

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高密度圧縮成型モータ用コイル

「高密度コイルのセルコ」として、この10数年、当社は他社とは違う方向を向いて、とにかくコイルの高占積率を狙った巻線技術を追求してきた。

最初それは丸線から始まった。
半導体メーカーに売り込みに行ったら、「丸線でも角線でも構わないから占積率(被膜込み)が90%以上のコイルが欲しい・・・と言われ必死になって巻線したが、どう頑張っても85%位止まりであり、それ以上は巻線のみでは不可能ということが分かった。
ここで諦めれば、この受注は取れない!
・・・と云うことで、「押してはいけない」、「潰してはいけない」というコイル業界のタブーを破り、コイルを占積率96%迄圧縮し得意先に持ち込んだ。
結局92%程度で良いということになり、その後10年以上、全く問題なく、この高密度コイルは半導体の露光装置用ステッパーに使われ続けている。
今回の「高密度圧縮成型コイル」の技術は、この高密度コイルの延長線上にある技術であり、モーターコイルの段付き状態の形を圧縮成型し、モーターコアを全てコイルで埋め尽くすためにそれぞれのコイルを精度よく成型すると云う画期的な技術である。(別欄「高密度圧縮成形コイル」参照)
当社は、現在補助金がらみでこのコイルの自動化を進めており、近い将来、この技術の量産化に備えている。

また、更に占積率100%を狙いたいという人は、やはり「平角α段付き積層湾曲コイルのアッセンブリー技術」をお勧めしたい。
コイルの占積率を語る時、これは「平角α巻き」しかない。
但し、このコイルは2層しか巻けない。
多層巻にするためには、コイルの巻始め、巻終わりをそれぞれつなぎ合わせる必要がある。
またコアに隙間なくコイルを埋め込むためにはこのコイルを段付きに積層し、湾曲させる必要がある。これは手がかかり大変ではあるが、最終的にはどこかのメーカーで採用される可能性があると思っている。

今のところ私はコスト含め、丸線を「高密度圧縮成型」したコイルがお奨めである。
占積率は、その仕様=線径、巻数、コイル形状等の諸条件との兼ね合いで、どこまで圧縮できるか?を被膜の耐圧レベルを考慮しながら検討する必要がある。
占積率は92%~96%位までの間と考えて戴きたい。

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日野原先生ご逝去

 105歳の聖路加病院名誉医院長、そして「新老人の会」の会長の日野原重明先生が昨朝亡くなられました。
 数年前にお会いした時のご様子からは、このまま110歳、120歳と歳を重ねられるのではないか?と思うほどお元気でしたが、最近は車椅子を使い入院されたりしているというお話もあり、ちょっと気にはかかっておりました。
 私はその「新老人の会」信州支部東信ブランチの代表として、3年前に先生を上田市の旧市民会館にお招きし、講演会を開催しました。
 1400人の超満員の講演で大盛況の裡に終わりましたが、終わった後、上田駅までお送りし、たまたま先生と駅のベンチで二人きりになる場面があり、私も間を待たせるために、「お疲れでしょう!?」と一般的な会話を持ちかけましたが、その時、先生は毅然として「疲れていない!」と仰って、私にスケジュール帳を見せてくれました。
 そのスケジュール帳には、殆ど毎日、あちらで講演、こちらで講演・・・とスケジュールがいっぱいでした。
 私はその時思いました。
「この方は、恐らくこのスケジュールによって生かされている部分があるのではないか?」と・・・。
 一般に歳を取ると、何もやることがなくなり、周りも「年寄りだから、そっとしとこう・・」と、考えるかと思うが、この先生を見ている限り、その様な考えは全く当てはまらない。
 自分の「命をとことん使いきってやる!」というような迫力がそこにあった。
 確か、上田講演の前後くらいで、新たにフィスブックを始められ、「新老人の会」のフェイスブックはかなり賑わっていた。
 我々のブランチでも、会員にスマホやタブレットの講習会を開いたりして教えた記憶がある。

 上田の講演の思い出をもう少し話すと・・・・
この講演の際、私はこの日野原先生のアトラクションで、何と例の「おやじバンド」をやってのけたのである。
はっきり言って、日野原先生はクラシック派であり、各地で行われる先生の講演のアトラクションは「合唱」というのが定番であり、私がおやじバンドをやると言い出したら、東京の本部からはかなりの抵抗があり、仲間内からも批判の声が上がったが、私はこれは「一世一代」のチャンスと思い、黒装束にサングラス、皮パンツスタイルで、「中小零細Q.C.D.」を歌いあげた。
最初は一応帽子もサングラスも取り、普通のオッサンの顔で登場し、「新老人の会」東信ブランチの代表であることを告げ、これがこうなるンです・・と言いながら帽子とサングラスをかけ「イェー!」とやったら、会場からはどっと来た。
そして、そのままロックを歌いまくった。
NHKテレビの生番組で歌ったことはあるが、1400名というこんなに大勢の人の前では、まず歌うことはない。これは日野原先生のお陰・・・というよりも殆ど強引に出張ったということである。
実を言うと、私は日野原先生の意に反したことをやるに当たり、「新老人の会破門!」を覚悟でこのイベントに臨んでいたが、結局、何のお咎めもなく、却って先生も大変喜んでいたという話も聞いた。
打ち上げの挨拶の際にも、こんなに楽しい講演会はなかった・・と言っておられたから、良くとらえれば、私の歌が受けたのかもしれない。(うぬぼれ?!)
 
 日野原先生は、常に命の大切さを説き、戦争の放棄を訴えていた。
 未だにアチコチでテロが起きたり、戦争の可能性あるため、それに備えるべきだとの動きがあるが、日野原先生が望まれたのは、間違いなく「永久平和」であったと思う。
 その昔でいえば「長老」のお言葉である。
 私達は、長老のお言葉に従い「永久平和」を目指した国家を築き上げて行く必要があるのである。
 長年にして多くの人々に大きな影響を与え、大きな精神的な遺産を残された日野原先生!
 どうか安らかにお眠りください!

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華為技術(ファーウェイ)が日本でスマホ生産

「情報から支払いまで全てが集約され重要な役割を担う機器=スマホは品質確保のため日本で造るべきだ」・・・と私は常々訴えて来たが、富士通が造っているという話の他には、どこも手を出そうとしなかった。
 ところが先日、日経の一面に華為(ファーウェイ)が千葉に50億円かけてスマホの生産工場建設の記事が流れた。
 この会社は以前から横浜に研究所があり、当社にも以前アクセスがあった。
 主要部品の4割は日本の部品メーカー製と言われているスマホを日本で、日本の最先端ロボット技術と生産技術、品質管理を駆使して造る。そしてもしこの会社が日本の中小の部品を使ったら本物のメイド・イン・ジャパンとなるが、この辺は、富士通も華為も詳細は分からない。
 しかし、この華為の経営者が、そこまで日本製にこだわった時は、逆に恐ろしいことが起きてしまう。
 日本のメーカーが忘れてしまった本物のメイド・イン・ジャパンが中国の企業によって成し遂げられるということになるからだ。
 私はこれまで、日本のモノ造りに関してずっと叫び続けて来た。
「日本のモノ造りはピカイチである。」「日本人は縄文の昔から受け継がれてきた素晴らしいDNAがあり、これは絶対に他の国には追随できない。」
 その根源の一部をなすものが、我々中小零細企業(いわゆる”下請け“)が造る違わぬ寸法精度を常に守り続ける”部品“なのである。
 このすばらしい部品を欠いた日本メーカーのモノ造りは結局、衰退の一途を辿るしかなかった。
 プラスチック成型品にしても、プレス部品にしても、もちろんコイルにしても、バラつきのない部品を組み立ててこそ、間違いのない、壊れない製品が出来上がるということを、日本のメーカーはもう一度認識すべきである。
 中国のメーカーに先を越されないうちに・・・・。

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