中国観光客の爆買い

春節で中国人観光客が大挙してやって来て、色んなモノを爆買いしている様を毎日テレビが伝えている。

ニュースを見ていると、ラオックスの包が目だつ。

ラオックスは今は中国資本の会社であり、恐らく中国人向けの店員対応、表示対応とかがしっかりされており、こぞってラオックスに向かうということであろう。

先般の新聞で、ラオックスがアパレル事業に参入するという記事があり、それも自社でデザインし日本国内の工場に委託生産し「メイド・イン・ジャパン」として売り出すという。

中国系の会社がなぜ中国の工場で作らずに、日本の工場で作るのか?

衣料品の他、カバン、アクセサリーなども企画し、訪日客に人気の「メイド・イン・ジャパン」を全面に出すということだ。

それも海外の有名ブランドと同等品を日本国内で作り、価格は10万円ほどで3分の1に抑えるという。

ラオックスは、訪日客を取り込み、現在国内に20店舗を出店し、15年12月期の売上高は前年比40%増の700億円を見込むとのこと。

ラオックスは経営者が中国人だけに良く知っている。

中国人は「メイド・イン・ジャパン」を求めていることを・・・。

そして多少高くてもいいモノを買うということを・・・。

日本の経営者の多くは未だに「安くしなければグローバル社会では通用しない」と思っている。

だから、まだまだ海外生産にこだわる。

円安だから日本に戻ったらどうだという話があっても、基本的に日本で造った高いものは売れないと思っているために、まずは取り合わない。

中国人だけではない。

私もできれば「メイド・イン・ジャパン」が欲しい。

しかし、家電店へ行っていくら探しても、メイド・イン・ジャパンは見つからない。圧倒的に「メイド・イン・チャイナ」が多い。

仕方なく買うと、必ずそう時間が経たないうちに壊れる。

店に持って行くと、まるで当たり前のように何もチェックせずに不良の修理手続きをする。

何故かというと、壊れるのは私の製品だけではなく、修理依頼は日常茶飯事なのだからであろう。

日本のメーカーというだけで、中身の品質が全く伴っていない。このようなモノ造りをやっていたら、“日本のメーカー製”と云うのは、高いだけで何もメリットがない・・ということで、誰も買わなくなってしまうかと思う。

ひょっとして、中国でも韓国でも、モノ造りのポイントを抑えたメーカーが壊れにくい、良い製品を造りだし売りだしたら、そちらの方がよっぽど良いブランドになって行くのではないか?

日本の家電メーカーは早く、「安い」だけの製品造りから卒業し、多少高くても「良い製品」造りを指向するようにならないと10年後は跡形もなくなってしまう。

それを回避するには、早く日本に戻り、日本でモノ造りを再開することだ。

部品は勿論我々中小零細に造らせるということが必須条件だ。

決して自社の海外工場とか海外調達の部品を使ってはならない。

それでは全く意味がない。

日本の中小零細の精度が高く、完成度が高い部品を使うことが正真正銘の「メイド・イン・ジャパン」なのだから・・・・。

詳しくは拙書「2020年東京五輪の年にメイド・イン・ジャパンが復活する」

(電子出版)を・・・。

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テレビドラマ「永遠のゼロ」

テレビ東京で3夜に亘り「永遠のゼロ」を放映した。

 昨年映画が上映されかなり話題を呼んでいたが私は観てなかったため、このテレビシリーズはきちっと録画し、じっくりと観た。
 主人公の宮部久藏は15歳で海兵団に入団した。巧みな操縦技術を持つ航空兵であったが、妻子を案じ「必ず生きて帰る」と公言していた。命を重んじる思考から上官に意見することもあり、「臆病者」と称された。毎晩鍛錬に努め機体整備にも気を遣い、恐ろしく慎重な操縦で、実戦において無謀に撃墜することより撃墜されないことを説いた。下の者へも丁寧に話す様は馬鹿にされるほどであったが、教官としては非常に厳しく、暴力に訴えることは一切なかった。
 ところが、この宮部は26歳で鹿屋基地から特攻隊として志願し戦死している。
 
 この謎を解こうと、この宮部の孫にあたる同じ26歳の佐伯健太郎と姉の佐伯慶子が宮部を知る人達を戦友会名簿から探し出し聞き回る。
 最後の最後で、このドラマでは自分の乗るゼロ戦(最新タイプ)を旧式タイプに乗っていた大石賢一郎に譲り、自分は米国空母に体当たりし、この大石はエンジントラブルで不時着し九死に一生を得て生き残ったのであった。
 宮部はこのエンジントラブルを見越してこの機を大石に譲り、自分の妻子の面倒を大石に託した・・・と言うことになっている。
 大石は戦後宮部の妻子を探し当て、結局結婚し一生妻子の面倒を見ることになるというストーリーである。

 ここに描かれている宮部は優秀であり、心優しく、僅かな飛行訓練で戦闘させたり、最終的には特高に出したりすることに対して大きな反感を持っており、事あるごとに上官に逆らい殴られていた。
 私はこの宮部久藏もそうであるが、航空兵と云うのはエリート中のエリートであったとか学徒出陣で優秀な若者を次々に特攻出死地に追いやったとかという話を聞く度に、その当時の上官、そのまた上の指揮官、この戦争を仕掛けた日本で作戦を練るお偉い人達の“愚かさ”を思う。
 
 誰が考えてもこの戦争は最初から勝てる戦いではない。
 勝てない戦争を仕掛け、天皇の名の元に国民を駆り立てマスコミはそれに輪をかけ、戦争反対論者は「非国民扱い」にし、国のために死ぬことを美化し、尊い若者の命を奪い、結果的に戦士180万人、民間人80万人、計230万人の国民が亡くなった。

 先般岡山に行ったついでに広島まで足を伸ばし原爆ドームを見て来た。
 原爆ドームの上空600メートルで原爆が炸裂し、一瞬のうちに20万人が亡くなったと書いてあった。
 少しでも早く戦争を終結していれば、この尊い20万人の命も、長崎の7万人超の命も救えたし、沖縄の人達、東京やその他の地域での空襲による被害者、そしてあの優秀な特攻に行ったパイロット達、学徒動員で散って行った学生達も救われたであろう。
 特に特攻で散って行った優秀にして志あふれる若者が戦後に生きていたとしたら、戦後の日本の復興にどの位、貢献したか分からない。
 官僚や政治家にも影響を与え、今よりずっとましな政治が行われていたかもしれないと思うと、時の為政者の罪は計り知れない。

「戦犯」と云うと相手国に対しての罪ということになるかもしれないが、私はこの日本をそのような状態に巻き込んだ人々こそ、日本国民に対する大罪を犯したと言えるのではなかろうか?
 願わくば、戦争とか原発とか、国民の命を脅かすような政策は止め、日本がより平和で建設的な方向を常に目指すような”国の在り方”を考えて欲しい。
 今この国は力によって国を守ろうということではなく、他の国ととにかく”仲良くやる”と云う方向性を打ち出し、とにかく外交努力によって不調和や不具合を取り除くべく最大限の努力をすべきかと思う。

 日本は今世界に向かって「戦いは止めましょう!」「平和な世界を実現させるために日本は最大限の援助や活動を行います」と宣言すれば、世界中から尊敬の拍手が沸き起こるかもしれない。
 是非そういう方向を目指して欲しい。

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「やられたらやり返す!100倍返し!」

イスラム国による捕虜の殺害・・・“霊長”と呼ばれる人間は、本当に魂の次元でも生き物の頂点に立っているのか?と疑いたくなる。
それにしても、またヨルダン国は直ちに報復として女性死刑囚と他の死刑囚を処刑し空爆を行った。
憎しみは憎しみを生み、やったらやり返し、ドンドン事態は泥沼化、悲惨化して行き、負の連鎖は留まるところを知らない。

今回のイスラム国は、”国“と云う割にはどこからどこまでという国境線がはっきりしておらず、取ったり取られたりを繰り返している上に、世界各国からの寄せ集め部隊でもあり、その手段に”テロ“と云う非常に特定が難しい集団ということで、まずどんな強大な力をもってしてもこれを完璧に封じ込めることはかなり難しいと考えた方が良いかと思う。

安倍首相は人質を取られたら、取り返すための憲法を改正する・・・と言っているが、アメリカとかイギリスとかも人質奪回作戦を何度かやっているようだが上手く行っていないと聞いている。
そこへ戦い慣れしてない日本の自衛隊が飛び込んで上手く行くとは全く考えられない。
却って戦闘状態になり、そこから日本が戦争に巻き込まれル可能性が大きい。

日本ができる方法としては、やはり黒装束の”忍者部隊“がいいのではないか?
武器は勿論手裏剣で、音もなく敵のアジトに乗り込み、人質を救出して帰って来る・・・この辺が日本のできる限界か?
尤も忍者を送り込むのも憲法改正が必要かどうか?は私には分からない。

はっきり言って、今回の件には、日本はあまり首を突っ込むべきではない。
日本は、無防備の国であり、テロに狙われたらひとたまりもない。
原発もそうだが、地下鉄とか人ごみに自爆テロをされたら、たまったもんじゃーない。国全体が恐怖のルツボと化しパニック状態に陥り、経済も何も立ち行かなくなってしまう。
テロは許されるものではないが、テロとは戦うべきではない。
無防備で平和ボケの日本は、できれば余り目立たずに、そっとこの局面をやり過ごすことが、今の時点では最大の防衛策ではないだろうか?

亡くなった後藤さんも「憎しみの連鎖、負の連鎖を断ち切る必要がある」と言うようなことを発信していたかと思う。
日本はやはり世界で起きるあらゆる紛争を「止めよう!」と呼びかける国になるべきだと思うが如何だろう?

「やられたらやり返す!100倍返し!」は、過去の大ヒットドラマに任せておくことだ。

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岡山県津山市での講演

 これまでの講演で一番遠いところは大阪だったが、今回は佐久平から7時間弱、岡山から1時間ほど入った津山市の商工会議所さんで呼ばれ、講演をした。
 講演内容は先般の信大とほぼ同じ内容だったが、今回の講演の演題が「倒産の危機から脱し、コイル技術世界一の会社を目指す!」ということであったので、特にいかにこの会社が大変な状態であったか、またその危機的状態をどう乗り越えてきたかを話した。

 確かに今からヨクヨク考えてみると、あの売り上げが殆ど無い状態から良くここまで来れたなぁ!という思いがする。
”無我夢中”ということだったかと思う。
 当時の従業員も良くまあ頑張ってあの困難な時を乗り切ったと思う。

 私の講演で一番強調したい点は、「日本のモノ造り文化」ということである。
 島国、農耕民族、何も言わなくても気心が通じ合う世界で稀に見る特異な民族、助け合いの精神がDNAレベルで受け繋がれ、自分の現在の職業を天職と捉え、悪条件、悪環境下でも文句も言わずコツコツコツコツやる人々・・・・これらの特性は他の国がどんなに逆立ちをしても得ることのできない大変特種にして稀有のモノなのだ。
 特に”モノ造り“というひたすら手を抜かずコツコツコツコツやるしか他に方法のないアイテムにとっては大変に重要にして有効な特性なのだ。

 資源もなく、島国日本は海外から入った素材に手をかけ、他ではできないようなモノを造り、世界の必要とする人達に提供して行くこと・・・これこそが”メイド・イン・ジャパン“であり、日本が世界に誇るべきものなのである。

 バブル崩壊後の大企業はこぞって日本を捨て、海外生産に走ってしまったことで、このメイド・イン・ジャパンというブランドは特に家電製品、デジタル製品等の分野では壊滅的な状態となり、韓国や台湾にに抜かれ、中国に追いつかれ、日本のメーカーとしての地位は殆ど無くなってしまった。
 
 それは考えてみれば当たり前のことである。
 いくら日本の企業だとはいえ、中国とか東南アジアでのモノ造りは決してメイド・イン・ジャパンにはなり得ず、メーカーが自覚しているか否かは分からないが、確実にその品質が落ちているということである。
 品質が落ちたことに加え、韓国、台湾、中国は日本のモノ造りを学び、日本とほぼ遜色のないモノを造れるようになってしまった。
 そこには最早日本としてのプライオリティは全くなく、ただただ安いか否か?という価格合戦の世界が広がるだけなのである。
 価格合戦になると、日本国内に本社機構があり、莫大な固定費が付いて回る日本のメーカーは絶対的に不利となる。
 また昨今の経営者がサラリーマン化(オーナー社長ではない)しており、重要決定事項は全て合議制、稟議制をとる今の機構の下では、決断から実行までが超早い中国や韓国にはとてもとてもかなわない。
 
 日本が他の国に勝てる唯一の方法は、他の国では造りたくても造れないような”良いモノ“を造ることしかない。

 それには、大企業の力だけでは無理で、日本の我々中小零細企業を使うこと、それも以前のような下請、子会社に対する隷属的な使い方ではなく、パートナーとしてそれなりの対価を払い末永く付き合うような“姿勢”が必要となる。

 日本の中小零細程、いじめられ、虐げられてきた歴史を持つ国はない。
 大企業は、Q,C,D,の三拍子がそろわない会社にはまず発注しない。
 納期、品質はランク付けされ貼りだされ、ワーストが続くと転注される。
 品質は特に、”魔の抜き取り検査”があり、これに引っかかると、良くて全数返品、ラインに支障があると呼び出しがかかり、人数を繰り出して、その場で全数選別をさせられる。
 私などは、課長時代、”選別課長”と呼ばれ、しょっちゅうアチコチに選別で飛び回った。
 価格はライバル会社と競わされ、大量受注になればなるほど、利幅が少なくなり、モノによっては完全に足を出してしまう場合もある。
 そうやってしごかれしごかれしながら我々はどうやったら、完璧に不良がない製品を造るかを学んできた。

 海外のローカル下請に対し、もしこのような過酷な扱いをしたら、即引き上げられてしまうだろうし、海外に一緒に出た日本の下請に対して日本と同様な扱いは恐らくしない。
 日本人は海外に出ると非常に結束力が強くなり、また海外では親会社だから下請け会社だからというよりは、日本人同士の”同朋”意識が強くなり、何か問題があっても、日本にいる時の様には厳しくできない。
 また社内生産に至っては、最初はそれまでの日本で管理していたと同じような品質を求めるかと思うが、いくらやっても上手く行かないと分かると「まっいいか!」感覚が生まれ、結局は中パッパ状態のモノ造りがまかり通り、公差ぎりぎりの部品、多少公差を外れている部品を使うことが普通になり、結局は今国内にも出回っているような大変壊れやすい”粗悪品”が日本のメーカー品として横行しているのである。
 このような品質では、韓国、中国と戦っても、ただ高いだけで何のメリットも出ないのである。

 日本は少なくとも、マザー工場的に日本で量産品をある程度造り続ける必要がある。日本で量産しながら、”改善・改革”をドンドン推し進め、これを標準化し、これを海外で極力同じような管理,造り方を確立しメイド・イン・ジャパンあるいは少なくとも”準メイド・イン・ジャパン”位の品質を保つことが日本のモノ造りの最低条件なのである。

 このような講演をした後、昨日の打上げ交流会は、次から次へと名刺交換しながら話に花が咲き、結局、殆ど出てきた食べ物には手を付けられず終いとなり、ホテルに戻ったが、やはり空腹のため1Fのレストランへ行き美味しそうなどんぶりメニューがあったため注文した。
「ひまつぶしください!」と云ったら笑われた。
 ”ひつまぶし”と云うウナギを小さく切って最後はお茶漬けで食べるどんぶりだった。
 私も講演の後、お腹が空いて何もやることが無く”ヒマ”だったため、「ひまつぶし」と読めてしまったのだった。

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